お酒が飲めない客は歓迎されない、五十嵐

山本益博氏と門上武司氏。東西を代表する店癒着型の大御所ライターですが、彼らの共通点は「ヨイショ」だけではありません。お酒をほとんど口にしない食ライターであるということはあまり知られていません。オールアバウトの東西を担当する若きライター二人もお酒に弱い。お酒を飲まれる方に彼らの嗜好が合うはずがありません。そんな彼らが取材しにくい店がこの北千住の「五十嵐」。フレンチの有名シェフ、五十嵐安雄氏を兄に持つ義春氏一人が切り盛りするカウンター7席の小さな店。お酒を飲めない人だけでは入店禁止、必ず飲める人がいなければ入れない、最寄り駅から徒歩10分の住宅街にある安普請の隠れ家的な「洋食屋」です。
五反野でやっていた時と同じく、料理は完全お任せ1コースのみで原則予約制です。お酒を飲む客を対象にしている料理は、元フレンチ料理人とは想像できない居酒屋風洋食が皿数多く提供されます。蛍烏賊と菜の花、鮪のほほ肉揚げなどは想定内でしたが、生姜風味のハマ吸いに蕎麦まで出てくるのですから驚きました。蕎麦屋で修業したと聞きましたが、どういう発想なのか。シェフ本人も「何料理かわからない」と笑わせてくれました。オリーヴ、鶏レバー、トリッパなどお酒のすすむ食材や調理が小ポーションで出てくるのでお酒の飲み過ぎには注意してください。
ワインはノンヴィンシャンパーニュが8000円。白、赤ワインはブルゴーニュとボルドーが主体で4000円から1万数千円くらいまでと、安くも高くもないと値付けです。前店と違って、サービス向上なのかビールやワインの抜栓はシェフがやってくれるようになり客は楽になりました。
客の腹具合で皿数は変わるようですが、居酒屋風小皿コースはだいたい7000円前後。強面ですが饒舌で結構おもろいオヤジの五十嵐氏。チープ感漂う普請ですが、ワインも含めて1万数千円の「五十嵐劇場」、話のタネに一回はおススメであります。ただし、注意点が一つ。4名くらいですと貸切状態になることがあり、劇場が最高潮に達するとシェフもワインを飲み出し、かなりの本数を開けてしまうことになります。お酒が得意でない山本益博氏、来栖けい氏にはこの店の楽しさがわからないでしょう。

県外の客が通うとは信じられない、鮨 渥美

神奈川県には県外にも多くの信者(リピーター)を持つ鮨屋がいくつかあると言われています。新子安の「八左エ門」、長谷の「以づ美」とこの「鮨 渥美」などですが、本当に遠方よりわざわざ行く価値があるのか。銀座の「奈可田」出身、タネは築地ではなくすべて横浜中央市場から仕入れていると知り、私は訪問を決意しました。
しかしそれにしても遠い。港南台駅からタクシーで2メーター、隠れ家的な店を予想していたのですが、バス道路に直接面しておりました。店前に「品書き」はありませんが、掲載されたページを開いた雑誌が飾ってあったのには驚きました。安っぽい印象を与えてしまいます。「信者」で満席を予想していたのに、その日は我々しか客が居なかったのも意外でした。
ツマミから「お任せ」ではじまりましたが、出すペースが早過ぎです。客2名だけなので早く店仕舞いしたいのか。定番の水蛸の煮物はまずまず。ヒラメは縁側がよくなかった。コハダ、スミイカ、アジ、ゲソ、トリガイヒモ焼き、ミルガイ炙りに玉子と、数は多いのですが、矢継ぎ早に出されるのでゆっくり飲んでいられません。握りも赤身、中トロ、ヅケ、車えび、さより、煮ハマ、赤貝、馬糞ウニ、穴子、タイラガイ、干瓢とタネ数もそこそこでレベルは低くないのですがどれも印象に残るものがない。干瓢がかなり甘かったのが記憶にあるくらいでした。主人は「魚屋に僕の気合が伝わるから市場で一番よいネタが仕入れられる」と豪語していますが、神奈川県一番のタネ質とはこの程度のものなのか。出身が「奈可田」ですから、江戸前仕事が強いはずもなく、はっきり言って特徴のない無難な鮨であると判断しました。支払額2万円前後、往復の約3時間(品川からとして)、傑出しないタネ質や仕事、を考えると県外というより近辺以外からわざわざ通うほどの価値は見出し難いというものです。ツマミ、握りとあっという間に終わったので、遠方ながら帰宅時刻が遅くならなかったのが唯一の救いでありました。

2週間前から予約してまで行く店なのか、バルカ

「アロマフレスカ」で働いていたシェフが、その修業店発祥の地にオープンしたイタリアン「リストランティーノ バルカ」。瞬く間に予約困難の人気店になりました。修業店発祥の地でのオープンは縁起がいいのか、西麻布の「すゑとみ」も評判ですから、独立を考える料理人は検討する価値があるでしょう。
2週間前の14時からの電話受付で予約を入れて3名での訪問。店内はカウンター10席と4人掛けテーブル1卓に5名の個室、キャパ20名弱の小さな店です。
前菜は小皿タイプで約20種。追加料金の皿もありますが基本は900円なので、ツマミ感覚で2皿は頼めます。パスタは1800円が基本でシンプルパスタと称するものは何とマイナス300円でした。こんな値付設定は初めて見ました。メインはボリュームがありシェアを前提にしているのか、仔羊ロースト(3200円)、仔牛の炭火焼(500g4800円?)など結構高めです。
前菜は手間をかけたものが少なく可もなく不可もなし。ネットで評判のカエルのフリットやミスジ肉のタルタルも印象薄く、濃い味付けだけのバーニャカウダといい、万人ウケを狙っただけのもの。逆にメインはしつこすぎです。仔羊は脂がくどすぎて食べ切れません。仔牛はあまりに量が多いのでこれまた食べるのに苦労しましたが、明細を見て憤慨。8500円の請求ですから900gの計算になります。骨があるとはいえ3人でメインの2皿目ですよ。このポーションしかなかったのかもしれませんが、調理する前に客に確認するべきでしょう。この金額、この量では頼まないという選択肢があるからです。〆にまわしたパスタもワインの飲みすぎもあってかまったく記憶に残らないものでした。
この店の大きな問題点は皿出しの遅さです。3人で頼んだ7種の前菜が中々出てきません。前菜だけでワインが2本目へ突入、結果3本頼むことになりました。入店してからドルチェを頼まずチェックまでの3時間半超はあまりに遅い。単なる人手不足なのか、ワインを多く飲ませる牛歩戦術なのか。どちらにしても、万人ウケを狙った無難な調理で特徴のない料理の店、一人軽く2万円を突破したことも考慮すると、わざわざ2週間前に予約を入れて行く必要のない、過大評価の店と考えます。