ビストロというと何を思い浮かべますか。客の密度が高い圧迫感、ざわざわとした喧騒感、ボリュームのある料理、個性的な味付け、安いワイン、などなど。しかし、シェフ、マダムに助っ人3人のこの小さな店は、負の印象となる「圧迫感」と「喧騒」だけが目立っておりました。
カウンター9席は、隣客と肘が干渉するほど狭い。テーブル席が2卓ありますが、これも小さすぎ。小さな手荷物は足元に掛けられますが、後は入り口付近のワイン冷蔵庫の上に置かなければならないほど、店内に余裕はありません。
シェフは「足し算ではなく引き算の料理」と訳のわからない事を言っていますが、その「引き算料理」の数が半端ではありません。定番メニューの他、黒板にびっしり書かれた前菜が30種以上。800円から2000円の範囲です。メインは鴨、プラチナポーク、牛、仔羊のほか牛タンやほほ肉の煮込みが3000円以内。よくまあ、こんな小さな字で書き込めたものだと感心しながら黒板から3人で選んだ前菜は8皿。実はビストロと自称していますが、一皿の量が少ないのです。一人2皿は前菜を頼まなければ足りませんが、テーブルやカウンターが狭いので置くのも大変です。鹿のタルタルが冷凍の戻しでイマイチでしたが、鴨コンフィ、白レバームース、トリッパは無難なお味。なぜか数種あるパスタやリゾットから選んだウニのスパゲッティは頼むべきではありませんでした。大半は可もなく不可もなしの無難な調理、はっきり言うとまったく印象に残りません。メインに頼んだ仔羊の香草焼き、豚すね肉の煮込みプラム風味、牛フィレ肉のマディラソースもまったく記憶に残りませんでした。ビストロの定番のクスクス、ポテト、リエットが見当たらなかったのも不満。ブーダンノワールやシュークルートもありませんでした。
ワインは白が6000円、赤が8000円くらいからと店構えや料理から見てかなり高い設定です。ノンヴィンのシャンパーニュも8400円と安くはなかった。
イタリアンだが店構えや料理の傾向が似ている六本木「オステリア ナカムラ」よりかなりCP感が悪い。狭いのに喫煙可という方針にも疑問です。近所の喫煙者が一人で立ち寄るといった利用が一番合っているでしょう。
覚悟はしていたがあまりに狭い、ビストロ ミカミ
この近辺では勝ち組の一店、鳥よし 西麻布店
一時は盛り返したかに見えましたが、確実に客足が遠のいている西麻布界隈。特に4丁目は苦戦している飲食店が多く、山本益博氏が絶賛した「シェ フィガロ」や「キッチン ヌノ」も閉店。数年間で中華、ダイニング、パン屋、スープ屋とテナントが入れ替わった小さなビルは、現在博多チムそばの店になっていますが、今回も客がほとんど入っていません。そんな中で寿司屋「和心」と共に「鳥よし 西麻布店」は連日満席の繁盛店であります。「麻布食堂」などが入る雑居ビルの地下、しかしアプローチは高級和食の雰囲気で「焼鳥屋」に見えません。店内もやや薄暗く、いかにも隠れ家的なところが業界人や芸能人にも受けているのだと考えます。
この店のウリは、フランスで焼鳥をやっていた主人が帰国して選んだ「伊達鶏」のあらゆる部位を堪能できること。中目黒店の繁盛からこの西麻布店を出し、ついに銀座まで進出しています。
焼鳥屋で一番重要なのは鳥のバラシと串打ちだと業界関係者から聞きました。大手やフランチャイズ店はこの重要な作業を工場で処理、ひどいところは中国でやって冷凍輸入しているとか。いわゆるセントラルキッチン方式ですが、このグループは各店舗でその処理をしているそうです。同じく希少部位を出す人気店の「酉玉白金」では、内臓は別仕入れですから、比較するのも良いでしょう。
単品として普通部位が200円、ちょうちん(卵巣)やせせりといった希少部位は300円からありますが、お任せもあり、希少部位を中心にしたコースも組んでくれます。火入れはそれほど強くなくタレも濃くないので割りと食が進むのですが、部位が大きめなのでお任せでは最後までたどり着かないかもしれません。奥久慈だ、比内地鶏だ、と地鶏、銘柄鶏が珍しくない現在、他店との差別化は希少部位の豊富さです。近くに来たら話のタネに寄ってみるのがいいでしょう。いつも満席に近いので、早めの時刻か入店制限の23時近辺が狙い目。麻布十番の「世良田」には敵いませんが同価格帯の「伊勢廣」や「酉玉」より質、焼き技術とも上。客単価は6000円超ですが、希少部位を食べ続け、6000円のワインを飲んでそぼろ丼で〆たら1万5000円近くになりました。安く上げるなら日本酒に限定してください。
特徴のない料理だが繁盛している、エスペリア
西麻布に2年前オープンした一軒屋風イタリアン「クリニカ ガストロノミカ エスペリア」。瞬く間に繁盛店になりました。カウンター6席にテーブル席が8卓ほどの店内は、ランチ時連日満席であります。前菜がサラダでパスタが色々選べるコースが1300円。前菜もメニューから選べる1800円コースもありますが、メインまである3000円コースは必要ないでしょう。スーパーマリオに似た風貌のシェフは「チーズ騎士」の称号を持っているそうで、ウリは「サラダ革命」なる前菜。ゴルゴンゾーラをベースにした温かめのソースを野菜にかけただけのもので、高カロリーだがまったく「革命的」な皿とは思えません。完全な「名前負け」です。パスタは定番の他今月のパスタとして2種が用意されています。チーズ、赤唐辛子、野菜、魚介など種類は多いのですが、肝心の麺がベンガシーネやフェデリーニといった細麺にショートが1種と選択肢がありません。太麺がないので、ラグー系もあまり見当たらない。創作系の各種パスタはわかりやすい味ということで「パスタの美味しい店」として近隣では評判です。しかしコースにでる自家製フォカッチャは美味しい。「サラダ革命」より野菜が多そうな普通のサラダと選択パスタの1300円がこの店のランチではおススメです。
夜はアラカルトもありますがプリフィクスコース(5000円)が良いでしょう。前菜盛り合わせ(これは造り置き)の次に、前菜、パスタ、メインをメニューからチョイスできます。この皿数で5000円はお得でしょうか。反対にお任せコース(7000円)は避けるべきです。前菜4皿にパスタ、メインとまったく選択の余地なし。食材や調理法を選べず特徴のない料理を食べるほど辛いことはありません。
ワインは種類がないですが、サルディーニャやシチリアのハウスワインがボトルで4000円台。この店では、この値付けも安いワインで充分です。わかりやすい味、高くない支払い、と普段使いの店としてなら充分、ただし遠方から訪問する店ではないでしょう。最後に二言。2階の貸切個室は現状のスタッフ数では営業は無謀です。まともなサービスが出来ません。また客単価1万円の夜でも皿毎にカトラリーを交換しないのもいかがなものでしょうか。