雰囲気だけで支払が高すぎる、天孝

天婦羅の名店と巷で評判なのがこの神楽坂の「天孝」。30年以上続いている老舗だそうで、本館以外に別館もあり繁盛しているようです。
本通りからちょっと脇に入った路地に面した民家風な佇まい。銀座や麻布と違ってタイムスリップしたかのような路地は非常に風情があります。格子戸を開け小さな庭を見ながら石畳を歩き玄関を入ると左手に6席ほどのカウンターの部屋が、2階には座敷もあるようで、民家を増改築したかのような店内は正にレトロ。「3丁目の夕日」といった感じでしょうか。
カウンターには灰皿が置いてあり喫煙の客の多さがうかがわれます。レモンの搾り汁、塩、天汁が既にセットされているのも意外。席間隔が狭いので圧迫感もあります。若主人だという揚げ手が登場して、1万7000円コースが始まりました。
まずは刺身としてサイマキが2尾。天婦羅と同じタネを刺身で食べるとは思いませんでした。高額店ですから違うタネを用意してもらいたかった。
天婦羅はサイマキが4尾と数はまずまず。綿実油と胡麻油のブレンドによる軽めの天婦羅と聞いていましたが、結構衣が厚い。揚げ物の途中で海老ミソ、ジャコなどのツマミがでて酒のみにはありがたいですが、揚げ物は烏賊、野菜類、キス、子柱海苔巻、穴子とタネ数は少ないのではないか。サイマキを入れて10種ほどで、あっさり天丼で〆となってしまいました。
天婦羅はいずれも可もなく不可もなし。タネ質、揚げと傑出さを見ることができず、変わりタネもなし。まったく印象に残らないままその日の宴は終わったのです。
サイマキが4尾(刺身を入れると6尾)ありましたが、ビール1に日本酒を数本飲んで2万円突破でこの食後感ではあまりに高すぎるというもの。もう少し魚を増やしていただきたいものです。
若主人は謙虚でしたが、部屋が狭いから声のデカイ他客がいると最悪でせっかくの風情も台無し。煙草や大声は居酒屋だけにしてもらいたい。
楽亭、深町など評判店にはタネ、揚げと及ばずながら請求額だけは負けない「天孝」。天婦羅はフレンチや和食に比べて仕込みに手間がかかりませんから、神楽坂でこの高額は「いい商売」していると言えるでしょう。雰囲気を取ったら、そこらのホテルの高級天婦羅と大差ない食後感と考えます。

東京最高には程遠いが、CPは悪くない割烹、岸由

「東京最高の割烹になりつつある」、「天才料理人」とネットで絶賛され、あの居酒屋系がホームグランドであると思われる自称農産物流通業者の「やまけん」さんも絶賛しているのがこの小滝橋の「岸由」であります。
東京で最高の割烹と言うと、食通はまず「京味」、「と村」、「重よし」などを思い浮かべるはず。「幸村」、「小室」を推す人もいるでしょうが、この「岸由」の店名が出ることはまずない。私もノーマークだったので早速HPを見てみると、6000円コースがメインの地元密着型の廉価な和食店でありました。一般に言う高額割烹は最低でも2万円を超えますから使用食材や調味料(昆布や鰹節)の質もまったく異なるはずです。検証の為友里が訪問したのは言うまでもありません。
高田馬場駅からタクシーでワンメーター、カウンター4席に座敷が3つ、主人と女将だけの小さな店です。勿論高い8000円コースを頼みました。
先付けは蛍烏賊、こごみやタラの芽の天婦羅、海鼠腸など。想定通り価格に見合った食材でしたがまずまず。アイナメのお椀は出汁も悪くないのですが、最高質の調味料を使用していませんから限界があります。刺身も食材、質と普通。鱒の煮物、ヤリイカのゴマ味噌焼き、鯛の押し寿司に赤出汁と、真の「東京最高レベルの割烹店」では供されない食材と調理はある意味新鮮でしたが、高額居酒屋との違いが見出せません。
そして問題なのは日本酒。純米無濾過生原酒のような濃い味のラインナップばかりです。酒だけを飲む時に美味しく感じるインパクトある味濃い日本酒が、食中酒としてベストであるとは限りません。コースの総量も少なく、帰路、仲間と新大久保に降りてカムゲタンや石焼ビビンバで空腹を満たした次第です。
確かに料理は、同じ価格帯の「高額居酒屋」と比べると調理レベルも高く頭一つ抜けています。しかし「和食」と考えると、真の東京最高レベルの割烹店と比べるのが可哀そう。使用食材や調味料が根本的に違いますから、昔の木のラケットを持った杉山愛が最新のラケットのシャラポワと戦うようなものです。例え天才であっても(違うと思います)、この価格では比較自体が無駄というものです。居酒屋レベルに慣れ切った人たちの「褒め殺し」、岸由主人も迷惑なのではないでしょうか。

確かに握りは沈んだけれど・・・、はしぐち

誰が言い出したか「沈む鮨」として鮨好きの間で評判の紀尾井町「鮨 はしぐち」。果たして握りが沈んで良いことがあるのか疑問の友里は、初めて今年訪問しました。
わずか6席のカウンター、主人と女将だけの小さな鮨屋。他の人気店と違い、ショーケースがあるのには驚きました。
まずはツマミからスタートです。生の真子鰈、まずまずの質ですが供された肝醤油で食べると白身の味がわからなくなります。ショーケースにあった殻付き生トリガイの軽い炙りや中トロ、トロの照り焼きもまずまず美味しい。ただ、〆た鰈はここまで昆布の旨みをつける必要があるのか疑問。玉子焼きも標準レベルでした。
そして楽しみだった握り、確かに主人が置いた握り鮨はちょっと沈むように見えます。沈むほど柔らかい握りだということでしょうか。米酢の酢飯はさほど特徴なく口中でほどける感じもしませんが、タネ質を邪魔することなくバランスは良い。ただ握りの手数がかなり多いのが気になりました。また主人の掌の大きいこと。未だかってこれほど大きな手の鮨職人をみたことがありません。カウンターに座り、主人の大きな掌でかなりの秒数握り続けられる握りを見るのはちょっと苦痛であります。握りの技術を語る際、柔らかさ、形状に加えて手数の少なさも大きな要素となります。形成しながらも如何に掌でいじくる時間を少なくするか、東京の名店と言われているのですから、「沈む」より手数の減少に力を入れていただきたいと考えます。
コハダ、カスゴなど塩が緩めで好みが分かれるところですが、この酢飯に相性は悪くはない。ウニ、貝類なども最高レベルとは言えないまでも総合的には標準以上。穴子のツメが甘すぎる、タネ質が少ない、と友里にはドンピシャリな鮨屋ではありませんでしたが、支払額を考えるとその食後感はかなり良かった。その日のタネ数などで支払額がぶれますが、ビールにかなりの日本酒を飲んで平均すると一人2万円数千円です。銀座でこれほど「鮪系」を多く食べると3万円は突破するでしょう。好みが割れる〆物に比べて貝類は誰もが認める美味しさ。寡黙な主人に気がきく女将のサービスと、接待ではなく個人利用には充分満足いく鮨屋であると考えます。キャパがないだけに、利用人数は2名が限界です。