憑きものがとれたように明るくなった、井雪

ミシュラン3つ星である「かんだ」や「小十」、「石かわ」の店主たちに聞いてもらいたいのが新橋の「京味」。ミシュラン初年度に掲載を拒否した予約困難な京料理店であります。
3つ星店主たちに「京味より自分の店が上だと思うか」と問うたなら、真っ先に否定してくるだろう東京で最高峰(食材・調理・支払額)の店と言っても過言ではありません。

その「京味ブランド」を背景に、重要なポジションを任せられることなく独立して「京味出身」のキャッチで集客をはかる店が多くなりました。
そんな「なんちゃって修業」の店が多い中、包丁仕事などのポジションを任されていた人が数年前に銀座に独立したのがこの「井雪」であります。場所は晴海通りを挟んだ歌舞伎座の反対側で今年2月、上野毛から銀座へ移転してきた人気鮨店「あら輝」の隣といった方が通りは良いでしょうか。

友里が初訪問したのは3年前の冬。お任せの料理はまずまずながら、常連客へ賄いのような出汁巻き玉子や海老風味のカレーを出す姿勢に驚きというか怒りを覚えたのです。
客単価3万円近い京料理店のカウンターで、「カレー臭」を喜ぶ客がいるものか。裕福そうに見える一見客にも不自然に媚びうる態度を見て、私は当時のコラムで問題提起したのです。
それを読んだからかはわかりませんが、西氏(京味主人)が「賄い料理を食べたがる常連には時間外に来てもらえ」と説教したと漏れ聞き、今春になって知人達と再訪したのです。

主人や女性スタッフは、憑きものがとれたように明るくなり以前のようなガツガツした雰囲気はありません。今回は大人数でカウンターを貸し切りにしてしまったため、隣の常連客へカレーを出すかの確認は出来ませんでしたが、奥の個室の接待客にも同じお任せ料理を出していたので、今後もカレー臭に遭遇することはないでしょう。

東京人の舌に配慮した味付けの「京味」(やや濃い味)より更に濃いめでありますが、京都の食材を中心にした料理は支払額に見合った食後感を与えてくれることでしょう。
「石かわ」は東京風の濃い味料理、「小十」は地域を感じない焼き物主体料理、「かんだ」はただの自己流創作和食であることを考えると、現在の3つ星和食に勝るとも劣らない東京の京料理店であります。

今さら銀座へ出てきても手遅れ、カーエム

銀座好きは寿司屋の主人だけではないようです。80年後半から長く恵比寿近辺でフレンチを営んでいた宮代潔氏が、この歳で銀座を目指すとは思わなかった。
弟子に厳しく厨房からシェフの怒鳴り声がホールに響き渡るとまで言われた強面シェフ。オックステールの赤ワイン煮を代表に彼の造るクラシックな料理自体を認める人は多かったけど、サービス含めた総合評価がパッとせず、最近はマスコミへの露出も皆無に近かった。銀座への移転を知って友里は久々に訪問したのです。

ビル6階に8席のカウンターと2名掛けのテーブル2卓という小キャパに、スタッフはシェフとマダム(奥さんではない)だけ。人件費を節約したのか、弟子が逃げ去ったのかわかりませんが、調理一人体制で客は大きな制約を受けることになりました。
コース1本(8800円)で、メインは6種から選択できますが、予約単位(2名以上何人でも)で選べるメイン(事前予約)の種類を2つに限定しているのです。

その日のアミューズはパルミジャーノの薄焼き。今時ありふれていて拍子抜けしました。フランス産のホワイトアスパラはオレンジ風味のオランデーズソースで王道と言うより凡庸なだけ。
冷製の蚕豆スープは逆にフォアグラのフランが入っていて濃厚。やっと昔食したクラシックな宮代料理を楽しめると気を取り直してウリのスペシャリテ「オックステールの赤ワイン煮」(2500円追加)を待ったのです。

果たして15年ぶりに食べたこの料理、酸っぱいだけでツメも緩く完全な期待はずれ。使用する赤ワインのレベルが低いのではないか。連れ達が頼んだ「牛フィレ肉のロッシーニ」(4000円追加)も、春トリュフを最後にスライスするだけで濃厚さを感じません。「イノ」の方が遙かに美味い。

厨房一人の限界で調理法が限定されるだけではなくクオリティも保てないとあっては、昔からの常連客もガッカリではないか。ノンヴィンシャンパンが9300円、スティルワインも8000円台からと予想より値付けが高くないのが唯一の救いです。

ディープでクラシックなフレンチが好きな人が満足すると思えず、さりとて今風のフレンチを食べ慣れた人も満足するとは思えない、どちらの客層にも中途半端で微妙なフレンチと考えます。

東京和食の中ではレベルが高い大阪割烹、二戀

昨秋だったか西麻布4丁目を歩いていて、不審(失礼)な人物を見つけてしまった。似合わないデカイ枠のメガネにロン毛、そして独特の顔立ちを見て、リーマンショック後国内で仕事が無くなったといわれているインテリアデザイナーの森田恭通氏と判断するのに時間はかからなかった。
外でウロウロしてから彼が入った工事中の店舗は、昔「麻布食堂」があったところ。建て替えで「麻布食堂」が逃げてから長くテナントが決まらなかったのですが、森田氏のデザインで変な店がオープンするのだと私は予想したのです。

その店は和食だとわかり、年が明けて下見に訪問したのが2月。恵比寿の「ジョエル・ロブション」ほどノーセンスな内装ではありませんが、高級和食に必要な「凜」とした雰囲気はなく、ちょっと見ダイニング和食のノリか。席数はカウンター10席、青山のジュエリーウオッチ販売会社の娘さんの女将と雇われ板長が仕切る小さな和食店であります。

当時は1種しかなかった1万1000円コースを一口食べて、板長は東京ではなく関西(京都以外)で修業したと判断。結果は「喜川」出身と聞いて納得したのです。
京料理とは異なりやや味が濃いものの、付近の有名自己流創作和食屋(分とく山)とは格段の違いがある調理レベル。造り、お椀、八寸、焼き物(牛肉)、炊き込みご飯などコース価格を考えれば、東京の1万円和食の中では頭1つ抜けていると判断したのです。

ノリのよい女将に合わせてワインを頼んでしまうと支払い額は2万円台半ばに突入してしまいますが、適度な日本酒を選ぶなら1万円台半ばで終わるはずなので、アルコールのオーダーには注意が必要です。

数回訪問して最後に訪問したのは7月。1万5000円コースが堂々と誕生していたので嫌な予感がした通り、この時期高いコースでも鱧や鮎が出なかったのにがっかりしたのです。最近の京料理ブームで、東京の和食屋は夏に鱧や鮎を出すのが当たり前ということを知らなかったのか。そうは言っても味濃いだけの東京和食とは一線を画す料理。まずは安い1万1000円コースを試すことをオススメします。

午前中に付近を通ると、板長のBMWロードスターが店に横付けされているのを見ることが出来るかもしれません。