ウリの玉子焼だけでは再訪できない、鮨処 金兵衛

肩書きが映画監督と著述業になっている早川光氏。しかし、その分野でどれほどの活躍をしているのでしょうか。「きららの仕事」という鮨コミックの原作者と言うとご存知の方がいるかもしれません。「東京最高のレストラン」の執筆陣の一員として、鮨屋限定で思い込みの激しい店賞賛コメントの連発に、私はお歳の方だと思っておりました。しかし、鮨ブームに乗って色々な雑誌の「鮨特集」に露出してきた自身の写真をみてビックリ。趣味悪い派手な服を着ていますが中年くらいと若いのに驚いたのです。その氏が絶賛している店の一つがこの新橋の鮨屋でした。
わずか8席のカウンターに老職人が二人。鮨ネタは、ショーケースの中のラップをかぶせたバットに保管されています。私の経験上、この方式の店に傑出店なし。
「お任せ」はなく「お好み」でツマミからスタート。鯖、ヒラメ、蒸鮑、煮ハマなど江戸前仕事しているものでまずはお手並み拝見です。切り身の数は多かったですが、タネ質普通で仕事も並。仕入れのレベルが直ぐわかる赤身は香りも薄く水っぽい。芝海老の旬が冬だけだということでこの時期にしか出さない玉子焼。早川氏は日本一と言っていますが、海老の風味がそれほど効いておらずこれが日本一とは暴走でしょう。握りはどうかというと、コハダを「喉が鳴るほど旨い」と表現していますが、使い方を間違っていますよ早川さん。見た目美味しく見え食べたくてうずうずする様が「喉が鳴る」と言うのです。無理にヨイショをするため少ない語彙の中から選んだのでしょうが的外れ。悪くはないですが傑出していません。同じく絶賛の煮ハマからも滋味や磯の香りを感じ取れない。どうしてこんなオーバーな表現をヨイショライターはしたがるのか。タネ質は並、握りは無骨で洗練されておらず、酢飯も特徴がない。仕事も中庸でぬる燗3本にビールで一人2万2000円前後と高くてCPも悪い。「東京最高のレストラン」06年版と最新07年版でのヨイショコメントはほとんど同じ文章を使いまわしていますが、料理の点数はナニゲに9点から8点へと下げておりました。ヨイショコメントは同じなのに評価だけ何故下げたのか、安倍首相と同じく、彼の辞書には「説明責任」という文言がありません。(わが国の首相の姓を変換ミスしていました。何か変だなと感じていたのですが、ここのところ首相としての優柔不断な対応や凡ミスの連続ですっかり影が薄くなったのが原因なのかあまり気になりませんでした。JCオカザワ氏はじめ読者の方々からのご指摘があり、修正させていただきます。)

シェフに独立されて店名から名前を消した、レ・サリーネ

飲食店の入れ替わりが激しい西麻布。通るたびに店が変わっている所もありますが、この場所も以前は麺類の店ではなかったでしょうか、「リストランテ・ダ・サリーネ」。去年の夏頃、ニーノ氏(正式にはアントニーノ氏)をシェフに迎えてオープンしたシチリア料理専門店であります。当初の正式名称はシェフの名前を入れた「レ・サリーネ・ダ・ニーノ」でした。シチリア料理に絞ったコンセプトが良かったのか、イタリアン激戦区の西麻布で集客も順調であります。私の初訪問は今春、アラカルトを頼んだにもかかわらずシチリアの拘りを感じない料理で期待はずれでした。シェフ不在かと確認すると、この4月に乃木坂でオープンする店へニーノ氏は移るので店には出ていないとの事でした。オープン半年でもう支店を出すほど儲かっているのかとその時は思ったのですが、実は半年でシェフが逃げ出したと言うのが真相のようです。いつの間にかこの西麻布の店名から「ニーノ」の文言が消えていました。そして乃木坂の店名が「リストランテ・ダ・ニーノ」。シェフ移籍は実は独立だったのです。
昼も1千円からのランチで相変わらず盛況ですが、夜の単品料理を頼むことも可能です。カポナータ(900円)はかなり味付けが緩い。シチリアの典型的な食材である鰯とフェンネルのブカティーニ(真ん中に穴の開いたパスタ)は2800円と高い割に美味しくない。その後夜に再チャレンジしましたが、食後感は変わりませんでした。定番ではなく黒板のオススメを主体に頼みましたが、前菜が千円台の割に各種パスタは2千円台とやはり高め。メインは仔羊がありましたが魚が主体で3千円はします。前菜盛り合わせ(3千円)は、タコマリネ、ライスコロッケ、ブロッコリー玉子焼きなどで期待はずれ。鰯のパン粉焼きも凡庸、魚介のラグーはソボロみたいで味にインパクトない。メインに「特別盛り合わせ」としてヤリイカ、オマール、ホウボウを薦められましたが黒板の単品をただ3種盛り込んだだけで5千円は高い。日本風にアレンジした料理に、値付けが安くないワインを頼んで一人1万円を軽く突破とこの食後感ではCP悪すぎです。シチリア専門店が増えている現在、わざわざ訪ねる店ではありません。

ツマミと握りが驚くほど豊富、すし匠 斎藤

この7月にオープンしたばかりの赤坂の鮨屋。店名から四谷の「すし匠」系列であることがわかります。主人の斎藤氏は一時期NYの鮨屋でも働いていたとのこと。靴を脱いでの掘りごたつ式の白木のカウンターは余裕の配置の10席ですが、私は一々靴を脱ぐこのスタイルが好きではありません。面倒ですし、衛生的な面でも問題があるのではないか。
この店の特徴はなんと言ってもツマミの豊富さでしょう。兄弟弟子の西麻布の「まさ」と同じく、ツマミの合間に握りを出してくるスタイルで、酢飯は赤酢と米酢の2種を用意し、〆ものには赤酢の酢飯、その他は米酢の酢飯で握ってきます。乳児連れの若い夫婦にも門戸を開放する懐の深さもあります。
まずはカスゴの赤酢の酢飯握りでスタート。初っ端が握りという客の意表をついた仕掛けに驚きました。最終的にはツマミが20種に握りが10貫ほどでしょうか。記憶をたどっていくと、よくまあこれほどタネを揃えていると感心しました。ツマミで記憶に残っているのは鮭児。その希少なタネに鮨屋では初めて遭遇しました。昆布出汁に漬けた海水ウニ、カワハギ肝醤油、粒牡蠣、毛蟹など業界人、芸能人が喜ぶタネもあり、藁で燻した松輪の鯖、佐島の蛸、大間の鮪(たった1切れ)などブランド産地のタネもミーハー客対応で揃えています。浅草や銀座の老舗の江戸前仕事とは違う創作ツマミが主体ですが悪くはありません。アサリの小丼も最近は珍しくありませんが女性客には受けるでしょう。楽しくお酒がすすみます。
握りはやや小ぶり。ツマミが豊富ですから総量を考慮しているのでしょう。
如何にして多くのタネに最大公約数的に合う1種の酢飯を造り上げるかが職人の腕の見せどころであり、タネに合わせて一々酢飯を変えるのであればその苦労はいりません。私的には2種の酢飯を使い分けるパフォーマンスの必要性を感じませんが、一般には結構評判のようです。
接待よし、業界人よし、中年カップルよし、子連れよし、酒飲みよし、とあらゆる客層に対応しているタネ数豊富な鮨屋。赤坂という立地の割に、お酒をかなり飲んでも2万数千円という支払いもあり難い。最上級のタネ質ではないですが、一度は試されることをおススメします。