服部幸應校長に関するその後の情報

先の服部校長に関する問題提起ブログは久々にウケました。多くの読者の方から、より詳しい情報などをいただきましたので、今日はその途中経過をまとめてみたいと思います。
1、「服部幸應」はビジネスネームであって、本名は染谷幸彦氏で間違いない。学位や褒章もこの本名で受けている。
2、「服部流割烹」17代家元である実妹も、服部津貴子氏と同じ「服部姓」になっている。
3、彼が理事長であり校長である「服部栄養専門学校」のHPには、服部校長の華麗なプロフィール、著書、マスコミ出演などが事細かく載っているが、肝心の学校の「沿革」、つまり何時誰が創立したかといったものが見当たらない。
4、服部家の出という人(小川隆氏)が、「服部家から出入り禁止になった染谷と言う人が、戦後勝手に服部を名乗って料理教室を開いている」といったネットサイトへの書き込みも見つけた。
5、服部校長は永禄4年(1561年)よりつづく服部流割烹家元の家系であり、その服部家は戦国の武士を対象にした料理を指南してきたと巷間言われて服部校長の箔付けに役立っているが、学校のホームページや所属の生島企画室のプロフィールではそのようなことが一切書かれていない。
などであります。
服部家の出の方の投稿は
http://www.hikoshima.com/bbs/heike/100354.html
にあります。投稿ナンバー17、20、23、28、30、33、46あたりを読んでいただくと、彼の言いたいことがお分かりいただけると思います。
戦国時代の藩の料理指南だっとも聞いたことがある服部家の末裔であるという服部幸應氏ですが、この投稿ではまったく服部家とは無縁ということになります。
どちらが正しいのか、本人に直接聞くのが一番だと思いましたが、校長のメールアドレスや連絡先がわからないので、とりあえず服部栄養専門学校の問合せ先(ヘルプデスク)へ質問メールを出しました。
質問内容は、
服部校長の本名は染谷幸彦か。
学校の創立者と創立年をお聞きしたい。
創立者は服部道政こと「染谷栄」氏ではないか。
服部家の末裔といわれる服部茂一(しげかず)氏とその甥の七郎氏と服部校長は血縁関係があるのか。
といったものであります。
TVなどマスコミに出まくっているだけではなく、政府機関の数多くの部会の委員に就任し、業界団体の要職にも多く就かれている服部幸應氏は、公人であると考えますので、学校側からの真摯な回答がくるのを待って、あらためてここにご報告したいと思います。
追伸
残念ながら、ヘルプデスクへ送ったメール(helpdesk@hattori.ac.jp)が跳ね返ってきてしまいました。
どなたかコンタクト先をご存知でしたら、ご教授ください。

これは大スクープか、それとも周知のことなのか、ガセネタなのか

相変わらずネットに繋がりにくい環境のままで更新が滞っております。申しわけありません。多分、今週はあと1回更新することができ、来週から通常通りの配信に復活できると思いますので、どうかご容赦の程、お願い申し上げます。
さて今日は読者の方の情報によるものです。かなり色々と調査されたようですが、完全に裏を取っているわけではないし、もしかしたら周知の事実かもしれないし(私とその読者が知らないだけ)、単なる調査ミスかもしれないので、断定せず問題提起型とさせていただきます。
それは、服部栄養専門学校の校長であり、TVタレントでもあるあのマオカラーの服部幸應氏の本名が「服部」ではないかもしれないとの疑問であります。
学校法人服部学園や所属の生島企画室のHPプロフィールでは本名として「服部幸應」となっていますが、実は「服部姓」ではない可能性が大きいというのです。
彼の経歴のなかで輝いているのが「昭和大学医学部博士課程学位取得」。しかし該当しそうな期間で、「服部幸應」と言う人の、いや「服部」とう姓での学位論文が見当たらないというのです。
別の読者の方からは、以前ジャニーズの若手タレントとの食べ歩きTV番組で、「自分の本名は『染谷』だ」と話していたとの情報も入りました。確かに「染谷」とう姓では学位論文が存在するんですね。
ネットで検索すると、染谷と言う人が戦後「服部」を名乗って料理学校を開いているというのもありました。服部校長のウリの一つに、「服部流割烹」の直系だというのがあります。こんなのが本当に実在しているのか、お弟子さんがいるのか知りませんが、現在は実の妹さんが家元だとのこと。しかし、もし校長が「服部」でなく「染谷」だとしたらどうなるんでしょうか。校長だけどこか養子に出たと言うことでしょうか。
あくまで本日の内容は、「服部では学位論文が見当たらない」、「以前に染谷と言っていた記憶がある」との2読者からの情報に基づいただけのものです。
「なんだ友里、そんな事誰でも知ってるぜ」、「友里よ、何デタラメ言っているんだ、服部は本名だぜ」、「本当だったとしたらこれは大スクープだ」など事実をご存知の方のご意見なりを賜りたいと思います。

最近訪問した店 短評編 16

今週からちょっとネットに繋がりにくい環境になってしまって更新が滞っています。申しわけありません。できるかぎりアップしていきたいと思いますが、環境が変わるまで今しばらくご容赦いただきますようお願い申し上げます。
さて、今回は夜再訪の「イル・カランドリーノ」、久々の訪問一見お断りの「世良田」、そして昼訪れた新丸ビルの「前川」の3店です。
イル・カランドリーノ
本店と同じレシピだという一番高い15000円コースに挑戦。しかし後で気がついたのですが、4500円からある他の安いコースは本店のレシピではないということでしょうか。この新丸ビル店は、イタリア食材などの輸入商社・(株)アークの関連会社が運営しているはずですから、アークが勝手なレシピで料理を出しているということなのか。
ワインリストは拘りを感じず充実しておらず、フランチャコルタが1万円などと高めの値付け。料理も量少なくCP感悪いまま、あっというまの2時間で終わってしまい、足りずに帰りに「こなから」のオデンで補充したほどでした。安めのワインを頼んで一人25000円を超えているのですからたまりません。
スカンピの串揚げに添えられた揚げ蕎麦みたいなスパゲッティのフリット。これでお腹を膨らませるのが狙いか。甲烏賊とジャガイモのピュレも小ポーション(しょっぱすぎで大量には食べられない)、トマトペーストのラビオリは小さいのがわずか3片、小さすぎて味わっていられません。サフランリゾットも量が少なく、イベリコのロースとは70度で24時間ローストをウリにしていますが、ただ長時間ローストすればいいって物ではない。肉の繊維質が壊れ、何の食材だがわからないほど食感がなくなり、肉の旨みも感じませんでした。
オープン当初と違って行列も出来なくなっている昼、夜。もし行くなら安めのコースがいいでしょうが、それだと誰のレシピかわからないか。
世良田
昨年訪問しているので電話で簡単に予約が入りました。平日でも満席で、カウンターは2回転させていますが、予約はそんな先まで埋まっていないと考えます。
後輩を連れての訪問でしたが、素材(野菜含めて)の大きさ、レバーの旨さに感心しておりました。私は元来それほど焼き鳥を食べるタイプではないのですが、〆のソボロ丼も含めて美味しかったです。今回はワインを持ち込んだので(持ち込み料3000円)、結構食べても1万円までいきませんでした。普通の焼き鳥屋よりは高いのは仕方ないか。
前川 新丸ビル
オープン当初は昼でも4500円以上の蒲焼、3000円以上の鰻重が主体で客が入っていませんでしたが、鰻鍋はじめ定食を2000円前後ではじめていくらか客が入るようになったみたいです。
天然鰻は「要問合せ」とメニューにありますが、当日では間に合いません。あらかじめ電話で要請し、本店からわけてもらえる時に初めて食べられるそうです。
4725円の蒲焼を頼みましたが、野田岩より硬いのはいいんですけど、脂があるわりに旨味に欠けるような坂東太郎。タレは辛めで白い皿で温めていないのですぐかば焼きが冷めます。湯煎している野田岩を見習っていただきたい。
これじゃ、定食以外で食べる客いません。CP悪すぎです。確か浅草の本店は炭火でなくガスだと「ダンチユー」にあったと記憶していますから、この店もガス焼きなんでしょうね。
取材でなければ、夜の訪問はないでしょう。