先週の予告どおり、本日はピザーラを展開するフォーシーズの創業期に関する読者からの情報公開であります。
フォーシーズのサイトでは、1980年に誕生したとありますが、どのような形態で誕生したのか詳細がありません。
http://www.four-seeds.co.jp/corporate/
そこでちょっとネット検索をしてみました。
http://www.bs4.jp/mystar/miniwin/iframe/iframe_04.html
この記述によりますと、宅配ピザの前には、クラブハウス? ウーロン茶の輸入、ラーメン店などで苦労したとあります。
幼少時は紙器メーカーの御曹司として何不自由なく育ったようですが、大塚家具ではないですが病に倒れた父親と母親が経営権争いに敗れて生活が一変してしまったとのこと。
苦労して慶應大学を出てから(幼少時は裕福だったようで小学校は天現寺でありました)紆余曲折を経てピザーラで大成功。
今や天下のロブションの店をはじめ手広く食業界に君臨するようになったのであります。
ところが世間にあまり公開されていない苦労もされていたようでして、以下にその読者からの情報を開示させていただきます。
文章は友里の独断で若干修正しております。
その昔、バブルの頃、私の住む新宿区の下落合のマンションの近く、目白駅から商店街を歩くと一個目の信号があり、その角にぼろく汚い雑居ビルがありました。一階にはKFCが入っていました。
当然エレベーターなんかあるはずもなく、急な階段を上がっていくとワンルームマンションくらいの小さなレンタルレコード屋があり、その名が「Four Seeds」。
時代の波に押され、ほどなくレンタルビデオ屋になったのですが、信号を渡った角のおしゃれなビルに大きなレンタルビデオ屋が出来たため、「Four Seeds」はいつも閑古鳥。
そこの「店長」らしき人物の名は「浅野」さんといいました。
近所の「カフェバー」に昼頃たむろしていると、ランチ時間の終わりごろに良く来ていたのです。
それとなく話をすると、レンタルビデオ屋はもうダメなので宅配ピザでもやろうかと・・・
既に「ドミノ」もあるし「ズブの素人が参入するのは厳しいんじゃないですか?」と言った覚えがあります。
彼はカフェバーのマスターに、ピザの事を色々と聞いていました。
そしてそのカフェバーで社員の面接をし、最初の頃は注文をそのレンタルビデオ屋の「入れ墨」(当時は「タトゥー」なんて言葉はなかった)だらけの店員がとっていました。
因みに宅配のブランドは「Pizza la」でありました。
月日は流れ浅野「社長」の「Pizza la」も成功した頃、創業の地である目白の雑居ビルの2階をスパゲティー専門店にするという話が・・・
カフェバーの常連達と行ってみると「Spa la」(スパーラ)の看板があるではないですか。
はっきり言ってネーミングセンスのなさに加えて味もイマイチというかまずい!二度と行かなかったのはいうまでもありません。
その頃噂で浅野社長の奥さんの実家は大変な資産家で、旦那のやりたい事はなんでもサポートするらしい、と聞きました。皆で羨ましがったのを覚えています。
更に月日は流れ、イケてないネーミングの「Spa la」は「To the Herbs」にネーミングが変わったものの、味のコンセプトはあまり変わらず、メニューが少し増えただけ。
ところが何故か次第に店舗数は拡大を続け、気が付けばあの「ロブション」を展開するまでになったのであります。
う~ん、奥さんの実家がスポンサーなんでありましょうか。
広尾のアニュと似た構図でありますが、現在浅野さんが「会長」で確か社長は奥さんだと聞いた記憶が・・・
なんだか納得した次第であります。