立地の妙による過大評価だった、青山指月

奥湯河原にあった温泉旅館「指月」を初めて訪問したのは15年前。雑誌には、4部屋で京都から招いた料理長が造る京料理がウリとありました。
内風呂付きの部屋は1つしかないなど家族経営のような旅館でしたが、京料理としてもレベルが高いと感じ、その後も時折訪問していました。奥湯河原に「指月」ありと言っては大袈裟かもしれませんが、お忍びとしても使えるからか、食べ仲間にも評判だったのです。ところが変な兆候が現れたのはこの4?5年前頃か。道向こうに全部屋露天風呂を完備した別館を建設、洋室は一人7万円前後と旧館の倍の値付けの設定をしてきたのです。道を挟んだこの2館を右往左往する料理長を見て、私は不安になりました。
そんな「指月」が突然旅館を辞めて、何を勘違いしたのか南青山の和食店として移転してきたのがこの9月下旬であります。
奥湯河原時代の最後には、お歳のせいか右往左往のせいか、料理長の造る料理にキレがなくなってきたと感じていた友里がすぐさま訪問したのはいうまでもありません。

カウンター5席と個室が1つの小さな店。しかし厨房は奥で料理長はおろか料理人の姿は最後まで見られませんでした。カウンターにする意味がないではないか。
カード不可、2万5000円1本のその夜のお任せコースを食して、私は日頃唱えている「立地の妙による過大評価」がこの店の奥湯河原時代にも当てはまっていたと悟ったのです。
新イクラの醤油漬け、鯛寿司、わずか4ヶの焼銀杏の後に出たのはシラサエビのかき揚げ。高額京料理で出す食材なのか。鱧松の土瓶蒸しも香りはもとより出汁の旨みも乏しかった。明石の鯛の造り、数は多かったけど質は普通。その後、鯛の焼き物、鯛飯と同じ食材が3回被るのは、店側の都合である「食材の有効利用」以外の何物でもありません。廉価な店の「鯛尽くしコース」と一緒にするな。その他の料理も凡庸な炊き合わせと海老芋だけで支払いが一人3万数千円。支払い額は「京味」と大差ないのに、質、皿数、調理とまったく食後感が異なるのはいかがなものか。奥湯河原時代の常連である友里読者も落胆したとメールで知らせてきた「指月」、オープン直後の夜なのに客は我々だけだったことが、すべてを物語っていると言って良いでしょう。