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旅行記
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- 2010年01月29日(金)|
有楽町西武閉店やエル・ブジ閉店と大きなネタが急に舞い込んだため、シリーズ化しようと思っていた「香港ネタ」をアップするのを忘れておりました。
何人かの読者の方から「どうしたんだ」とのお叱りと催促がありましたので、本日は友里征耶の人生最初の香港料理店訪問記です。
香港島か九龍か迷った宿泊先ですが、知人達のホテルに近いと言うことで九龍サイドのホテルを予約。到着歓迎ではないですが、先に到着していた知人達とホテルのバーで「ウエルカムシャンパン」を楽しんだあと解散し、一人でルネッサンス ハーバー ヴュー ホテル内の「滿福樓」へ向かいました。
まずは地下鉄を利用しようとしましたが、「その1」でも書きました理由で断念。例え地下鉄駅へたどり着けたとしても、肝心の「最寄り駅名」と「ホテル名」を忘れていたので行くことは不可能でありました。
ホテルのドアマンに店名を告げて遠回りされたタクシーでギリギリに到着したのですが、ホテル内のどこに店があるのかよくわからず遅刻してしまったのは、事前勉強を怠ったためであります。
さて、店であらかじめ「オススメコース」を考えて貰っていたものに、若干の修正をお願いして(私はわからないので従っただけ)食事がスタートしました。
ミシュラン香港版では星がついていないタダの掲載店でありますが、初めての香港料理、期待した以上に美味しゅうございました。
天童よしみ似のマネージャーの対応も悪くなく、いつもは合わせないシャンパーニュや白ワインで広東料理を堪能したのです。
ピータンは香港の良さがわかりませんでしたが、子豚の叉焼ははさすが本場ものか美味しい。フカヒレ(高湯仕立て)も濃厚でありましたが、「魔法の粉」の存在を感じません。
最近食べた記憶がない魚の蒸し物(ハタの一種で香港では高級魚だそうですが名前失念)は、ちょっと見、生の状態はグロテスクでしたがこれまた美味しかった。
その他にも貝柱やケール、百合根の塩炒め、生鮑料理などそれほど高級料理ではありませんでしたが、それなりに美味しくいただいたのです。
初訪問からの高揚感も後押ししたのか、広東料理なんて日本では滅多に食べないのですが、偉そうに言わせていただくとあらためて見直してしまった。さすが「4000年」の歴史ある国の料理ではないかと。?
ポッと出のライターたち(友里も)が、食べるもの片っ端から「まったり」、「美味いのなんのって」、「ありえなーい」と絶叫するのと同じパターンかもしれません。
しかもワインを持ち込んだとはいえ(持ち込み代はタダ)支払いが邦貨換算で1万数千円でしたから驚きです。東京の大箱広東料理店は高過ぎではないか。
以前私が相談受けた銀座の「飛雁閣」、香港出身の厨師と聞いていますがまったく食後感が違いました。料理人を交替させるのが集客力向上の特効薬だと痛感した次第です。
(つづく)
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情報
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- 2010年01月28日(木)|
昨日読者の方からいただいた情報には驚きました。なんとあの一世を風靡した「エル・ブジ」が閉店。
http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010012701000050.html
私は来るべきして来た結果、つまり奇を衒う「サプライズ料理」の考案に疲れ果てついにネタ切れしたと思ったのですが、報道では
?1日15時間労働を続けてきて疲労困憊(こんぱい)した
とありました。
そんなに15時間もフェランが鍋振っていたとは思えず、本心は「1日15時間創作ネタを考え続けて疲労困憊した」ではないかと推測します。
2012年、2013年と2年間休養して、14年には「今とは違う店」を再開するとありますが、私はこのままフェードアウトして引退するか、ロブションやデュカスのように築き上げた名声を利用して「プロデュース業」に専念するのではないかとも思いました。
最初は雇われシェフ的な立場だったと聞いておりますが、大成功でオーナーと同等の立場になったフェラン。世界中から「タダ働き」希望の厨房・サービススタッフが押し寄せたはずですから、人件費はほとんどかからなかったことでしょう。
かなり蓄えたと思いますので、2年も休んだら現役に戻るモチベーションなんて吹っ飛んでしまうと私は考えます。しかもこの移り変わりの早い時代、2年も休んだら世間から忘れ去られてしまう可能性もあります。
再開は90%ないと思っておりましたら、現在スペイン在住の料理人の方から同じようなご意見をいただいたのです。
現地で報道されたインタビューでは、フェランは何回も
創作に疲れた
と言っていたのが印象的だったそうです。日本の報道とはかなりニュアンスが違います。2014年に再開するとも言っていたそうですが、
?こちら(スペイン)で店が閉店する場合、必ずみんな再開すると言いますが、実際、再開した店を見た事ありません。
?とその料理人の方は言われておりました。
人間はすぐ飽きるものです。サプライズだけがウリの料理(私は一度しか行っておりませんが、面白いけど美味しいとは思えないものばかりでした)ですから、次々と他店と違ったものをひねり出さなければ客は満足しません。
創作は最終的には「やり過ぎ」になって行き詰まるものですが、ついにネタ切れとなり、そのプレッシャーから疲労困憊に陥ってしまったのでしょう。
「エル・ブジ」はわずか一回の訪問でしたが、その時の旅行でセビリア郊外の通称「エル・ブジ ホテル」に連泊しまして、併設のレストランで何回か食事をしました。
「エル・ブジ」のヴィンテージ料理というのでしょうか、リストアップされた昔の評判料理を選べるシステムで、本店のように「多皿」ではなく一皿のボリュームもまずまずでした。
しかも、本店の奇を衒う料理と違って、私はいずれの皿も「美味しく」感じたのです。
「なんだ、昔はまともなレシピで美味しい料理を造っていたんだ」と変に感心したものでした。
もしフェランが、再び自分の手でレストランを再開するようなことがありましたら、初心にかえった料理を提供した方が、客も喜び本人も疲れずと、八方丸く収まると私は考えます。
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情報
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- 2010年01月27日(水)|
今朝のTVで有楽町の西武百貨店が年内で閉店する方向で調整中との報道がありました。
そう言えば数寄屋橋には「次郎」だけではなく西武や阪急もあったなと思い出したのですが、客入りは90年代に比べて半減したと聞きますから、立地が良い割にそれほど目立たない存在になってしまったと言うことでしょうか。
私もこの10年ほど、この西武へ入店した記憶はないのですが、以前は面白い店がありまして機会があると訪問しておりました。それは地下のワインショップであります。
ショップ名は忘れましたが、百貨店としてはレアワイン、高級ワインも含めて力を入れたものでして、ロマコンなどもグラスで飲める(ここでロマコンを頼んだことがないので伝聞です)という有料テースティングスペースもありました。確か日本酒も色々置いていたと記憶しています。
このワインショップが無くなってから有楽町西武には行かなくなったのですが、伊勢丹も吉祥寺店を閉めるそうですから、この業界は冬と言いますか冬眠の時代に突入したと言えるでしょう。
百貨店の家電売り場がほとんど無くなったようですが、ワインショップも埋没気味ではないでしょうか。
90年代前半のまだ第三次ワインブーム前、渋谷の東急本店、新宿の小田急、銀座の松坂屋などのワインショップのイヴェントは活気がありました。
特に東急本店は懐かしい思い出があります。ブルゴーニュのカリスマ造り手のワインが売り出されるフェアの時など、オープン2時間前から並んだものでした。10時のオープンと同時にダッシュで地下のワインショップへ走り込むワインオタクを含めた客たち。私も先陣を切って何回も数量限定のワインをゲットしましたが、階段も競って駆け下りますから大変危険でした。
今はなくなりましたが、銀座の温泉跡に大規模パチンコホールがありまして、「花満開」という射幸性の強いパチンコ台が人気の時、やはりこのダッシュのせいで、転んで骨折した客も出たと聞いたことがあります。
最近の各百貨店のフェアは電話注文になっているようで、こいうったアクシデントが原因だったのかもしれません。
これらの百貨店からのワインフェアのお知らせ、10年前くらいからまったく興味が無くなり、私は見なくなりました。
収集意欲がなくなった(収納倉庫のスペースもなくなった)のが主因ではありますが、扱うワインに魅力的なものがなくなったのも一因であります。他のもっと良いルート(海外オークションも)の存在も百貨店には脅威でしょう。
最近は、スーツなど値の張る衣服は百貨店ではなくブランドの路面店や海外へ行った時だけしか買わなくなりました。好きなブランドの靴も海外の方が種類も多く値も安い。
最近百貨店で買ったものといったら、小型の旅行用スーツケースと「クロスウォーカー」(使用して歩くだけで腹回りが痩せるという下着)などインナーものだけです。(中元や歳暮、デパ地下ものは除きます)
つまり、路面店を持っていない会社の製品くらいしか百貨店で買うメリットはないのではないか。
百貨店業界の使命は終わったと言いますか、未来は限りなく暗いと私は考えます。