高額店も廉価店も料理価格に大差がない不思議、ストラスブール

持ってる友里は健在か。初訪問のストラスブールでありましたが、偶然ながらクリスマスマーケット(マルシェ・ド・ノエル)の初日(土曜)に到着下したのであります。
街中(カテドラルやプティ・フランス近辺)は人のこと言えませんが

お上りさんはじめ観光客だらけ

この時期ストラスブールは普段の人口の4倍に膨れあがるそうです。

何の予備知識もなくまったくの出会い頭でストラスブールに入った友里、その混雑さに驚いたのであります。後で調べてみたら、

クリスマスツリーの発祥の地?

と言われるくらいクリスマスシーズンは人気の街でありました。

まずは街中の電飾の写真を2枚ほど。

ストラスブール夜景 1

ストラスブール 夜景 2

 

歩いている外人(正確には友里が彼らにとって外人)の多くが手にして歩きながら飲んでいるのが

Vin Chaud(ヴァン・ショー)

ヴァン・ショー

 

要はホットワインのようなものでして、赤の他に白もありました。
だいたい3ユーロ前後なんですが、コップを返すと1ユーロ戻ってくるシステムはどこの屋台も同じ。
検証精神旺盛な友里、当然好みに合わないと思いながらもチャレンジしまして、撃退されてしまった。シナモンやクローブは嫌いではないのですが

甘酸っぱくてとても飲みきれない

レストランでは、コーラを飲みながらここの郷土料理を食べている人が多かったから納得したのですが、普通の酒飲みには堪えられないお味だと思います。
街全体がこのヴァン・ショーの香りで充満しているのも驚きでありました。

さてストラスブール訪問の主目的はクリスマスマーケットではなく、アルザス地方の本場料理を経験するため。
よって滞在中に複数回シュークルートやベッコフを食べまくったのであります。とはいえ単独行動なのでその回数には限りがありまして、普段は食さないランチもフル稼働させて

シュークルート3店(1店は屋台)
ベッコフ2店

を制覇したのであります。
結論から申し上げますと、東京、パリと何軒かで食べたものとこれら本場のアルザスの郷土料理、

本場もそれほどの違いがない

本場はより美味しいとまでいかなくても、もっと味つけに違いがあると予想していたのですが、店によってクミンの投入量が違うようですが東京、パリと比べてベースに大きな違いはありませんでした。

日頃から郷土色のない料理(特にイタリアン)に否定的な意見を示す友里、好物であるシュークルートを論じるとアンチから

本場も知らずに何を語るか

と批判されての今回の訪問でしたが、

ことアルザス料理に関しては、本場も何もあったものではない

が友里の結論であります。

とはいえ、店によってキャベツや肉類(メニューには必ず何種の肉が入っているかの明記がある)の量が違うのは事実。
しかも驚いたのは

高額店も廉価店も、価格差がほとんどない

のであります。
シュークルートはどの店も15~19ユーロくらいでしょうか。ベッコフはそれより1ユーロほど高い値付けでありますが、どんなカテゴリーの店も20ユーロ以下(肉の種類がかなり多いロイヤルの場合や魚のシュークルートは別)で食べられるのであります。

つまり、コートを掛ける場所もない相席テーブルの店と、コートも預かりクロスも掛けられ席間も余裕の高額店と

料理価格の差は数ユーロしかない

高額店ではサービス料を別にとられるわけではないですから、この値付けシステムに友里は驚いたのであります。
そこで比較のために2店のシュークルートに写真をアップします。

まずは ZUEM STRISSEL という廉価相席店のシュークルート。肉類は5種で価格は16.3ユーロです。

廉価店のシュークルート

 

そしてこちらが高額店の MAISON KAMMERZELL 。コートも預かり、クロスもあって席間は余裕。しかも肉類は8種でボリュームたっぷりですが価格はなんと

19.75ユーロ

 と400円も違わないんですね。

高額店のシュークルート

 

つまり、高額店でしかも料理内容も上なのに、価格に大差をつけていないという不思議。
日本の料理(特に自称高額店)が高すぎると言ってしまえばそれまでですが、ホント、不思議に感じたストラスブールの郷土料理でありました。

最後は、屋台のシュークルートです。4.5ユーロと安いからか、ショートパスタみたいなチーズでボリュームを稼いでいるようです。
でもキャベツ自体の味は悪くありませんでした。

屋台

 

屋台のシュークルート

ちょっと遅れたけど週刊文春のアイアンシェフ批判について

維新と「みんな」、修復不可能な状態まで関係がこじれてしまったような記事をネット経由で見ましたが、実際はどうなんでしょうか。
やはり暴走老人と組んだ時が

日本維新の会の終わりの始まり

となったと、後の歴史(大袈裟)に記されることになるかもしれません。

理屈で決めなくても、最後に1つにまとまりましょう

と、暴走老人たちとの政策の違いで難色を示す「みんな」にラブコールを送った橋下氏。しかし、ついこの間は

政策(気)が合わないから「減税日本」は嫌だ

と排除したのではないか。
正に朝令暮改というか自分勝手さがモロにでた感は、かなり追い込まれた(埋没気味)ことを示しているのかもしれません。

さて、カンテサンスの岸田シェフのルーツ検証などで先週から友里ブログを引っ張りすぎまして、面白ネタをアップすることを忘れておりました。

先週発売の週刊文春、もう売っていないかもしれませんが、苦戦を続けるフジのアイアンシェフに関してダメ出し記事がありました。
題して

フジアイアンシェフ 大コケでトレンディー常務に引退勧告

友里ブログでも述べましたが、あの太多常務(この番組の最高責任者)が収録を見て

鳥肌が立った

とまで宣伝した番組について、かなり辛辣に書いてあるのです。
友里が思うに、太多常務は収録の立ち会い時

風邪で発熱していたので鳥肌が立っただけ

と好意的に解釈していたのですが、文春は厳しい見方であります。

一見豪華に見えるキッチンスタジアムは経費削減で

ハリボテ状態

そして関係者筋の話として

経費削減で無駄な食材を省くため、事前に何を造るか決めてもらっている

との爆弾発言まで記載。
事前にテーマ食材を教えるだけではなくアイアンやノミニーが

何を造るかも逆に教えてもらっている

とは驚きでありました。
また更に面白いのが

審議委員は犬食い状態

とキャプションをいれた写真。なんと誰が見ても

秋元康と日馬富士

にしか見えない犬食い状態の写真を掲載しているのであります。

日馬富士は別にして、秋元康はAKB絡みでマスコミは批判対象外だったはず。彼の実態に触れることはタブーであったと漏れ聞いていたのですが

もはや神通力も薄れてしまったのか

また記事中には、

秋元康氏ら審議委員の箸使いなど食事作法が見苦しいという指摘もいただきました

というフジ関係者のコメントも載せております。

友里ブログでは、秋元康の他、

田崎真也氏は、クロスの箸使い

と指摘済みであります。でも文春では田崎氏への指摘がないのが不思議。
今やマスコミは

秋元康より田崎真也を腫れ物扱い

しているのかと勘ぐってしまいます。
また大復活を遂げた岸朝子女史。記事では

事前にオファーはなかったが、初回放送後に連絡があった(要約)

と低視聴率に慌てての「てこ入れ出演」であったとほのめかす岸女史のコメントも掲載。
その岸女史まで担ぎ出しての2時間特番(先週金曜)でも、視聴率は

8.4%と微増止まり

であったとか。
アイアンシェフの未来は限りなく厳しいものとなりそうです。

そこで集客に苦しむ経営者や料理人たちに友里は言いたい。

客釣りのため番組出演を画策しているなら、いつ打ち切りになるかわからないから出来るだけ急げ

21世紀になっても未だに

トレンディー(太多さんのこと)

とか言われて(言って)いるようじゃ、こんな悲惨な結果は当然であったと友里は考えます。

最初の修業店に忘れ去られていた、3つ星・岸田シェフ

事の発端は、10/12(金)に起きた

「カンテサンス」の友里一行追い返し事件

でありました。
事件の詳細は10/11のブログをお読みいただくとして、その後に続けたカンテサンスネタブログで取り上げた以下の記事について、読者の方から非常に香ばしい情報をいただいたのであります。

まずはInvitation 2007年5月号に掲載されたインタビューでの岸田シェフ発言をご覧ください。

http://www.j-wave.co.jp/original/worldaircurrent/lounge/back/070602/index.html

http://megalodon.jp/2012-1123-1706-58/www.j-wave.co.jp/original/worldaircurrent/lounge/back/070602/index.html

このなかで、岸田シェフはパリで初めて修行に入った(飛び込みでその場で採用してくれた)シェ・ミッシェルというビストロについて熱く語っているのです。

シェフはお願いすればなんでもやらしてくれる方だったので、私が冷たいものを、彼が温かいものを担当していたんですけども、僕が「温かいのもやりたい」と言うと「今日から交代しよう」と何でもやらせてくれる人でしたね。東京ではそんなことはありえなかったです。

との謝意とオマージュを込めた発言。
でもこれを見た読者が異を唱えてきたのが下記の情報であります。

シェ・ミッシェルのシェフパトロン「ティエリー・ブルトン」はカンテサンスの岸田さんのこと、まったく覚えていなかったそうです。全く目立たず注目も期待もされない存在だったようです。(要約)

このニュースソースをはっきり書けないのが残念ですが、このパリ店の関係者であることは想像するに難くない。
そこで検証精神旺盛な友里は、事の次第を確認するためにシェ・ミッシェルを先日訪問したのであります。

実は10月にも訪問していたのですが、酔いすぎて(隣の外人からベルギービールをお裾分けしてもらったのが原因か)確認せずにホテルに帰ってしまい聞き忘れてしまった。

今回は準備万端。拙い英会話が通用しない可能性もあったので、質問事項を書面で用意しての再訪でありました。
まずは店での印象を良くしようと、プリフィクスコースでは追加料金のあるものを選び、スープも1皿追加。
トドメは高めのブルゴーニュワインの発注でありました。

食事を終え、厨房も忙しくなくなってきたころを見計らって、おもむろにその質問書(単なるワードの1枚)を取り出して女性スタッフに話しかけた瞬間でありました。
その書面内容をチラッと見て瞬時に判断したのでしょうか、シェフに質問と言いかけたらすぐ

シェフに直接聞け

と厨房に案内されたのであります。
異国の地で厨房へ入った経験はサンセバスチャンの3つ星店以来。喜び勇んで女性スタッフについていったのは言うまでもありません。

結構小さい厨房にスタッフはシェフいれて5名でしたか。まずはその証拠写真をご覧ください。

シェ・ミッシェルの厨房で

 左端が新シェフ。1つとんで日本人スタッフです。

残念ながらシェフパトロンのティエリー・ブルトン氏は不在でありましたが、2年前からの就任という新シェフのほか、2年目という沖縄出身の日本人スタッフがいたのであります。

早速得意の日本語で、岸田シェフを知っているかと質問したところ、日本人スタッフは「又かいな」いった表情で

誰も知らないけど、パトロンなら知っているかもしれません(要約)

と大人の対応をしてきたのです。
友里以外にも、この質問をした人が過去にいたのでしょう。

それを聞いていた新シェフの次の発言に友里、立っておりましたが椅子から転げ落ちそうになった(正確には吹き出した)のであります。

キシダ、なんだそれは。パティシエか  (要約)

2年前に就任したてとはいえ、天下のミシュラン3つ星シェフを輩出した店のシェフであります。

3つ星シェフをパティシエ扱い

岸田氏をパトロンが覚えていたら、彼らに一度は天下の3つ星シェフの話をしたのではないか。
いや過去に何回も質問されているのですから、パトロンに確認することは可能なはず。はっきりパトロンが覚えていたら

パトロンなら知っているかも

といった曖昧な回答はしなかったでありましょう。
7年勤めているという男性スタッフはじめ店のスタッフすべてが  

WHO IS KISHIDA ?

であったのです。

岸田氏が修行に入った半年間は2001年前後と推測。
確かに現在の店スタッフとはラップしておりませんが、パトロンが覚えていたら噂くらいは聞いていたのではないか。
確実に言えることは、

岸田シェフは3つ星をとってからの5年間、この恩ある最初の修業店に挨拶(コンタクト)をまったくしていない

飛び込みでパトロンに店で雇ってくれと頼んでその場でオッケーをもらったという岸田シェフ。
わずか半年のお勤めで1つ星店へ転勤。その後いくつかの店をまわって最後は「アストランス」で仕上げてもらっての

3つ星シェフの誕生

であります。
最近は紹介やツテなく店へ修行に入ることが難しいと聞いております。

果たしてシェ・ミッシェルのパトロンに断られて、この店で修業をスタートさせていなっかたら

アストランスどころか2店目の1つ星へも修業に入れたかどうか

シェ・ミッシェルと巡り会えなかったら

岸田氏は今とは違った料理人人生を送っていたかもしれない

のであります。

友里は岸田3つ星シェフに言いたい。友里を追い返す前に

まずは世話になった恩あるシェ・ミッシェルへ挨拶に行ったらどうか

あの中国人でさえ

井戸を掘った人の恩を忘れない

と言います。
岸田氏には、色々と性格に難がある中国人でも恩を忘れないと言うことを見習って欲しいものであります。

最後にオマケ。
2年目という沖縄出身の日本人スタッフ。厨房ではホタテなどのソテーを任されておりました。(温かいものを任されていた)
シェ・ミッシェルの修業を終えた後、今はフランスで主に取り入れている店が存在するかわかりませんが

ソースなし、低温ローストオンリーの店

で修業をやり直したら、その後に大阪くらいなら独立して3つ星を取れるかもしれません。

もう1つオマケ。
岸田氏をまったく覚えていないスタッフたちでしたが、京都のフレンチ「コム・シェ・ミッシェル」の大川シェフはよく知っておりました。
この店で確実に修業したそうで、新シェフでさえ(大川シェフとはラップしていない)

タカシは知っているぞ(要約)

と言っておりました。
また帰り際に、その「コム シェ ミッシェル」の店内や大川シェフの写真をまとめたアルバムも見せてもらったのです。

コム・シェ・ミッシェルのアルバムから

 

同じ修業店で、両者に対するこの反応の違い。

岸田氏と大川氏の性格の違い

を垣間見た瞬間でありました。