ミシュラン調査員は自ら名乗っている?

今日は久々にミシュランネタです。以前のブログで、調査員が訪問した後カメラマンや事務方がミシュランを名乗って訪問しているようだと書きました。しかし、実は調査員自身がその場で名乗っているという確かな筋からの情報が入ったのです。
もう10年以上行っていないというか、すっかり存在を忘れていた学芸大学近くの「S」。友里は普段実名で書いておりますが、出版前ということで気をつかいましてイニシャル表示とさせていただきます。
ここにミシュラン調査員が訪問して食べていたと思ってください。
初回の訪問か2回目かわかりませんが、最後に主人にミシュラン調査員であることを自ら話したとか。
「よろしくお願いします」との主人の言葉に、「未だ載ると決まったわけではないですから」と答えた調査員、その後掲載が決まりその掲載許可を取りに再び訪問したそうです。
店に顔バレなんですけどこれで良いんでしょうか。どうも日本のミシュランは脇が甘いというか、調査員の人数や構成、メンバーにグランメゾンの元関係者がいるなど本来秘密にするべき事項がバレバレになっております。
私は日経新聞の取材の際、日本人のミシュラン調査員の経験や実力に疑問があると述べました。漏れ聞くところ、調査員の一人は和食に無理にワインを合わせて楽しんでいるようで、そのセンスに私の推測は当たっていると確信しました。
しかしこの「S」、ピークは15年前くらいではなかったでしょうか、最近はまったく噂にも聞かず埋没していると思っていたのですが、星がいくつなのか、発売が楽しみです。

過去の学校沿革を見つけました

しつこく服部先生ネタが続いて申し訳ありません。次々と情報が集まってくるものですから随時発表させていただきます。
読者の方から、過去の服部栄養専門学校の「学園の歴史・沿革」がアーカイブを使えば読めるというのです。早速やってみたところ、文字化け。しかし、その画面を右クリックしてエンコードを日本語(自動選択)にすれば読めることがわかりました。
内容は驚きというか、お笑い。
しっかり「沿革」に永禄4年(1561年 戦国時代)が載っております。織田信長や今川義元の名前まで出てきています。
服部という家柄が学校宣伝に利用されていたといわれても仕方ないと思います。
しかし、両親から伝えられて4年前まで信じていたという「服部流割烹家元」ですが、それが本当なら創立以来学校沿革にこの「永禄4年」が書かれているはずだと思うのですが、実際はいつごろからでてきたのか、非常に興味があります。
まずはご覧ください。以下にURLをリンクしますが、最初の文字化けに驚かないでしっかりエンコード設定してください。
http://web.archive.org/web/19990203114310/http://www.hattori.ac.jp/history.html
アーカイブを使って、服部栄養専門学校のサイトの「学園の歴史・沿革」を示す(www.hattori.ac.jp/history.html)を入れて検索するともっと見つけることができます。
ご感想をお待ちしております。

「店評価ブログ」を更新しました

「店評価ブログ」に「すきやばし 次郎」の3番手から昨年末独立した「銀座 青空」を追加しました。
酒飲みを軽んじる鮨屋で長年修業した人が、果たしてどのような店を目指すのか。二郎さんのやり方を継続しているのか、それとも修正しているのか。楽しみな訪問でありました。
服部先生の「家柄偽装」を取り上げた9/21のブログについてまたまた服部先生擁護の方からメールをいただきました。古賀氏の議員辞職は学歴詐称が「公職選挙法」で禁止されているからで、そんなことも知らんのか、といったものでした。
残念ながらこの友里でもそんなことは知っていたのですが、筆力が足りなく言いたいことが伝わらなかったようです。当選や議員活動になんら影響があるとは思えない「テニス留学」の学歴でも偽装は許されないほど、この手の「身分偽装」は厳しい追及を受けなければならない、というものです。
古賀氏の偽装より、服部さんの「家柄偽装」の方が、今の彼の地位を築く大きな助けになったと考えます。
以前、雑誌掲載の服部栄養専門学校の宣伝に、永禄4年から続いているような文句が書かれていたとの話も又聞きしております。
どなたかご存知でしたらお教えいただければ幸いです。