勝手にさよならと言う前に

本日もあるブログ(ずこの館)に関するものなのですが、彼の挑発はアンチ友里の方々の意見を集約していると思います。私のスタンスや考え方をあらためて示す意味で良い機会なので、もう一日お付き合いください。
相手にしたら駄目だと何人もの読者の方からメールをいただいたのですが遅かった。JCオカザワからも見境なく噛みつく和製ブラッシーと言われる友里、他人から噛みつかれて黙って見過ごすわけにもいくまいと反論したのですが、オタクと言うかマニアックな「ずこ」さんの勝手な勝利宣言に手こずっております。
この手の人、論争でもなんでも勝手に「勝った、打ち負かした、相手は馬脚をあらわした」と勝利宣言してしまうんですね。結論(勝ったということ)は言うけど、そこまでの理論が成り立っていない。
私は突かれたところを反論しましたが、この手の人は痛いところはスルーして言いたいところだけ言い放ち、あとは勝手に勝利宣言して「さよなら」ですから大人げない。最後は自分の勝利宣言で終わりたいタイプですから、今回私がまた突っついたら、ブログにうっぷんを書きこんでくる可能性もあります。
しかし、葉巻好きで葉巻サークルに所属していると思われる「ずこ」さん。メンバー紹介のサイトを見ましたが、みなさんマニアックな方が多いようです。
私の12日のブログアップで、3つも更新したその慌て様は御愛嬌でしょう。最後の一昨日のブログをメインに突っ込みさせていただきます。しかし、この手の人、いくら打ち負かしても終わらないんですね。多分また勝手に勝利宣言してきます。さよならと言っても。
勝った負けた、は当事者が決めることではありません。それは読者が決めることです。
http://zuko.blog.ocn.ne.jp/zuko/2007/12/post_8f02.html

まず江戸前についてだが、私は、喜寿司や美家古で修行をした纏の故遠藤明さんに学んだ。この店に年間を通じて数限り無く通ったので、江戸前寿司の何たるかは身に染み込んでいる

ここまで言い切る自信はなにが根拠なのか。数多く行けば良いってものではないのは、数万軒訪問の犬養裕美子さん、1万弱の来栖けい氏の舌、言動をみれば一目瞭然。あのMSGに無頓着なマスヒロさんも、代は違うかもしれないですが、美家古の先代から薫陶をうけたと言っています。
同じ講師に習っても、出来不出来な生徒がいるのは学校に限りません。自分で言うのは勝手ですかが、あまりに厚顔無恥というか、自己陶酔というか。こういう自慢をする人に限ってたいしたことないのは定説です。
気候によって、体調によって塩加減の違いや感じ方を楽しんでいると言っていますが、どこかの本の受け売りか。
そんな繊細な人が、西麻布の青木で食べた後、「もつ鍋」を一人で4人前食べますか。過食どころか、無茶苦茶な嗜好です。(11/21付 削除しないでね)
彼は私の店とのコミュニケーション不足を指摘していますが、店での振る舞いを見たことあるのでしょうか。だいたい「鎌寿司」での異質な一人客を私と間違えたくらいですから、勝手に妄想しているのでしょう。
店ではコミュニケーションとっているから、いろいろな料理人の言質をとっているのです。福田和也氏からも以前、「聞き出すのがうまい」と書かれたくらいです。それよりご本人は人とのコミュニケーションがあるのかどうか。一人でニヤニヤしながら主人と駄弁っているのが真のコミュニケーションと思っているのでしょう。
ほとんど一人で同じ寿司屋へ連日通う姿から、家族の匂いどころか友達の匂いも感じません。まして、女性の影はまったく見えない。
毎日寿司屋で記憶がなくなるほど飲んでいるようですが、これで江戸前が浸み込んでいると言われても信じる人は彼の純粋な信奉者だけか。
最後に。私は店と仲良くするだけが「店を育てる」ことだとは思いません。ヨイショとまではいかなくても、煽ても必要でしょうが、店や料理人はもう子供ではなく立派な社会人。しかし常連や自称寿司を究めたと勘違いしている人の甘やかしで勘違いする人も多いわけです。批判的な意見、見方の違う考えを受け入れてこそ進歩があると思います。これは私にもオタクの「ずこ」さんにも当てはまることですけど。
アンチからよく言われるのが、後から文句を言うな、言いたいことがあれば店で言え、です。しかし私は問いたい。後から書かれる絶賛の記事やブログはなぜいいのか。どちらも公平に受け入れる必要があるでしょう。
私も昔は店で言ったこともありましたが、料理人は常連や他の客の手前がありますから素直に聞き入れる余裕がその場ではない。第一、他の客の雰囲気を壊すことになります。「どうですか」と聞かれたら、私なりに意見は言っておりますが、敢えて目立つような行為はしていないのです。
友里はあくまで一見客、一般客の目で判断しております。それを参考にする料理人もいれば、ただ反発するだけの人もいる。最終的には、読者や客が判断すればいいだけだと考えます。。
もう一つ彼がスルーしているのが「舌の麻痺」。漬け込んだヅケを濃い味と評したら「麻痺している」と指摘する理論破壊した思考の方。この点も得意のスルーですあります。
普通麻痺したら無感になるはず。「ずこ」さんの舌は麻痺したら敏感になるというのか。小さい時に濃い味に慣れ過ぎると、「麻痺」して繊細さが判断できなくなるというのが定説です。
こんな基本もわからない(ただ友里を叩きたかっただけ)人が、江戸前が染み込んでいるって信じる人は他にいるのでしょうか。
まさに「言った者勝ち」、この手の人の得意技であります。
そのかわりでっち上げは忘れない。嘘を書くなと題して「鎌寿司」には鮑は蒸しもある、鰺も関アジだはなく真鰺もあったとありますが、それはその日あっただけではないですか。
アワビも鰺も我々のリクエスト。主人がこれしかないというから仕方なく生アワビと関アジを食べたんです。勝手に出されて判断したわけではない。私は真鰺がないなら関アジなんて仕入れなくてもいいのに、という意味合いで書いただけであります。
こういう風に、自分に都合良く解釈し、でっちあげるのがこの手の人の常套手段と言えるでしょう。
だいたい、アワビなんて生で食べてどこが美味しいのか。生で食べた方が美味しい場合は生で提供する江戸前があると言っていますが、鮨屋はその違いをどう判断するのか。肝心なところが書かれていない。詭弁ですね。
こういうアワビだと蒸しより生の方がうまい、という寿司屋の主人がいたら連れてきてほしいものです。
最後に。店と仲良くしても結構、それをブログに公開しても結構。無料ですから読者が判断できます。
しかし人に噛みつくなら、「もう逃げます」とか「訴えるな」とか逃げ道をつくるようなことはしない方がいいでしょう。みっともない。
このブログをアップしたら彼の習性としてはもう一度自分のブログで「勝利宣言」したくなるはずです。
言いたいことは言ったので逃げる、と言っていますが、我慢できるかな、「ずこ」さん。
「ずこ」さん、公約を破ってもう一回勝利宣言をしていただいても構いません。
この原稿は昨日仕上げたのですが、今朝メールを見てビックリ。
なんと13日の21:40付で「ずこ」さんからメールが来ていました。
「言いたいこと言ったから逃げる」、「さよなら」と言っていたのですが、どうやら3連発のブログだけでは憂さが晴れなかったようです。
友里のここ数年の鮨屋経歴や鎌寿司のネタ不足の間違いを指摘するないようでしたが、偶然にも今日のブログで取り上げていますので返事はブログで公開すると回答しました。
この執念深さ、前言を翻して今日にでもブログを更新してくるかと推測します。
追伸
なんと「ずこの館」、友里ネタで更新しています。「さよなら」といって言い逃げ宣言したのに、蛇みたいに執念深いので驚きました。おそらくコメント欄に否定的な意見が書き込まれたので反論したかったのでしょう。コメント書き込み者のプロバイダー元まで調べているようで怖い人です。
これではまた今日も更新してくるのは間違いない。
でもストーカーのようなメール攻撃はしないでくださいね。
再追伸
なんだが「ずこ」さんに釣られて大人げなくなってきました。この人、コメント欄に書き込まれたやや否定的(紳士的です)に対しても喧嘩腰で言い返しています。ヨイショ以外のコメントを受け付けない狭量なら、コメント欄なんか作らなければいいのではないでしょうか。
http://zuko.blog.ocn.ne.jp/zuko/2007/12/post_393c.html
12/9付けのブログのコメントです。紳士的な指摘のコメントにも「外野が五月蠅い」はいかがなものか。自分の価値を落としてしまいますよ。焦っているようですが冷静な対応を希望します。

久々にブログで取り上げられたようです

ミシュランガイド便乗でちょっと露出したからか、久々にあるブログに取り上げられていると読者の方から教えてもらいました。
どうせ良くは書かれていないだろうと怖々覗いたのですが、私の文章が稚拙だったからか、今までのブログなどでの私の主張を読まれずに叩きのネタとし単に取り上げたかったからか、まったく行間を読んでいただいていない問題提起と言うか批判でありました。
彼の好きな寿司屋「鎌寿司」に対して、すべて肯定的に評価しなかったことで気を悪くされたのが発端だと考えます。
最近の露出でアクセスも増え、新しい読者の方も増えていると思いますので、少しでも私のスタンスや主張をお分かりいただければと、今回の彼の問題提起に回答したいと思います。批判記事に対して密室で取引して訂正や削除を求める有名ライターが多いですが、ライターなら公に反論を主張し、最終判断は読者に任せるのが私の主義であります。
まずは以下のURL(ずこの館)をご覧ください。
http://zuko.blog.ocn.ne.jp/zuko/2007/12/post_393c.html
決して私は鮨(寿司)を究めているとか、人よりよく知っているとは思っていませんが、連日「青空」や「青木」など特定な鮨屋に通い続ける偏りと、「野じま」の主人との親しさを公開するような店側に軸足置いた人に「寿司がよくわからない」と言われるのはちょっと面白くないです。

>調味料疑惑
そりゃ、肝だけでなく、調味料使うよ。疑惑でも何でもなくて。見れば分かるのに、何を言いたいのだろうか?

今までの過去の私のブログをまったく読まれていないようです。何もただ調味料を使っているといっているのではなく、MSGの疑惑があると言っているのです。JCオカザワ(そういえば化学調味料たっぷりの桃花林をお好きでした)と同じでMSGに鈍感な方が多いですから誤解を受けたのでしょうか。

>かなり漬け込んだヅケ
?? 特に脂の強めな中トロ以外は、そんなに漬込まないはず。味覚が麻痺してるの??

普通「味覚が麻痺」したら味は薄く感じるものです。または感じなくなるはず。敏感な方が味は強く感じるのは常識です。あのヅケがそれほど漬け込んでいないと感じるならそれこそ彼の舌が麻痺しているのではないかと心配です。

>煮ハマはアサリと見間違うほどの小ぶり。国産物だとのことですが、それでは他店の大きな煮ハマは海外産なのか。
本気で書いているなら、グルメ評論(罵詈雑言?)やめれば??

根が正直というか、まずは友里批判が前提なのでしょう。この言い回しは私がよく使う言い回しで、大きな蛤を使用している他の有名店への皮肉なんですけどご理解いただけず残念です。

>真子ガレイのシコシコ感、アワビは生しかないなど私的には疑問のタネもありました
何が疑問か意味不明。書いてみたかったの??

読者の方には今までの私の嗜好、主張をご理解いただいていると勝手に思っていた私が間違っておりました。この方は「青空」へよく行っているはずですがあまり江戸前仕事や熟成にご興味がない、好きではないようです。人それぞれ嗜好が違いますからどちらが正しいとは言えないのですが、シコシコ感はよく言えば新鮮、はっきり言うと熟成が足りない。生アワビは江戸前なら仕事して酒蒸しで用意してよ、という意味なんですけどまたまたご理解いただけませんでした。

>常連含めて誰にでも握りを投げつけます。投げつけても型崩れしない握りはもっと問題であります。
投げるのではなく、叩き付けるのです。握りに何か変な幻想をもっているのかなぁ? 私は鎌寿司の個性として、好ましい物と思っています。「もっと問題」って、何が問題なの??

投げたととるか、叩きつけたととるかは人それぞれです。はっきり言えることは、そっと置いていないということ。この方は、自分の世界に入り過ぎて他の人たちの鮨本や鮨ブログを読まれていないのでしょう。私は必ずしも肯定的ではありませんが、鮨通では口に含むとほろほろとほどける柔らかい握りが最高とする風潮があります。口に含んだだけでほどける握りを「叩きつけ」たらどうなるか。つまり叩きつけても崩れない、まったく頑丈な握りと言うことです。いわゆる鎌寿司の握りに対する友里流の皮肉、一般の鮨通の好みの柔らかさでないという意味であります。
多分このブログの方は普段から握りの固さなど気にしていないのでしょう。

>車海老の半生、美登利寿司を思い出すデカ過ぎの穴子、鰺ではなく関アジ、と疑問のタネも多かった
甘酢漬込みの海老食べてみなよ。今、穴子どうだろう? 良い時の鎌寿司の穴子を食して「デカ過ぎ」としか思わなかったら、問題だなぁ。「鰺ではなく関アジ」が何故疑問なの? ただ書いてみて、「薀蓄を持っている振り」がしたいのかなぁ??

ここにもあまり江戸前への拘りのなさを感じます。人それぞれ好みがあるのでどちらが正しいというものではありません。
海老はしっかり茹でた方が旨みがでる。アナゴも美登利寿司のような美しくない握りは好みでない。だいたい秋から冬は旬の時期ではないはず。
関アジ、一時ブームになりましたが今はどうでしょうか。江戸前では普通関アジ、関サバは使用しません。「青木」は九州ものや江戸前でないタネをよくつかいますが、「青空」はこのようなタネ、使用していないと思うんですけど。

>干瓢も味濃すぎ
それしか、感じられないのですね。
>ご近所限定でなんとか許容範囲に踏みとどまりました
寿司をろくに知らない人が、大きく出ましたね。
他人がどう思うかは、「他人の勝手」なのだが、余りの酷さに、つい書いてしまった。鎌寿司は、好きな店だけに、見過す事が出来ず。

干瓢は味濃いとは書きましたが、それ以外感じなかったとは言っていません。江戸前にまったくこだわりを持たない人に「ろくに知らない」と決めつけられてもあまり良い気はしませんが、人それぞれの好みですから仕方ありません。

ふと思い出したのだが、この人物と鎌寿司のカウンターで一緒になった事があるかも知れない。普段、酔っ払って記憶が飛ぶ事の方が多いのだが、「異質」な一人客だったので、印象に残っている。食べている内容が近いのだが、あの時、店内で言っていた事と、ブログで書いている事のギャップが凄まじく、人間不信に陥りそう・・・。人違いである事を祈る。

祈っていただいて有り難い。まったく人違いです。私は4人で伺っております。
この方は、連日「青木」や「青空」へ一人で出かけ、ある晩は「青木 西麻布」の帰りにもつ鍋を4人前食べたと豪語する来栖けい氏も真っ青な大食いの方。この様も普通の方にとってはかなり「異質」ではないでしょうか。
この方の嗜好が友里と合うはずがありません。
確かに常連や好きで通っている人にとって、その店に対する批判を聞くのは面白くないでしょう。取りようによっては自分を否定されたような錯覚に陥るのかもしれません。気持ちはわかるのですが、民主主義の世の中です。色々な見方、意見も必要だと私は考えます。
今回はメールでブログに回答ささえていただくとご報告させていただきました。
その後「ずこの館」では防衛策と考えたのか、やり取りしたメールをあわてて公開しているようなので、合わせてお読みいただければ幸いです。

世の中偽装だらけなのか

本日発売の「文藝春秋 新年特別号」(760円)に「驕るな、ミシュラン」のタイトルで無事掲載されているのを確認してホッとしております。202ページから209ページまでの8ページは友里にとってはかなりの長文です。
JCからも文章下手(彼も人のこといえない)と言われている友里ですが、なかなかうまくミシュランの問題点をついていると思います。自分で言うのもなんですが、発売後に色々批判を始めた料理評論家、フードライター、食評論家よりはかなり突っ込んだ論評になっております。
お読みいただきご感想をいただければ幸いであります。
さて読売新聞には連日船場吉兆の偽装問題が載っておりました。特別な専従班でも組織しているんでしょうか。高砂穴子、丹波黒豆、明太子などなど。ただこの船場の話題に隠れていますが、その他の店(会社)でもJAS法違反を含めて次々と不祥事が明らかになっております。
また、飲食業界だけではなくエレベーターや橋梁などの材料の強度偽装なども発覚していますから、世の中「偽装」は当たり前なのではないか。学歴やら家柄の偽装も未だに後を絶ちません。
勿論偽装する側が一番問題なのですが、受け側の意識にも問題があるのではないか。最近の食材の「産地拘り」、異常ではないでしょうか。高額鮨屋だけではなく、居酒屋レベルでも「どこそこの何々です」と産地を強調してきます。しかし、マツタケにしてもマグロにしても鯛にしても産地が判断できる人がどれだけいるでしょうか。全体の1%も居ないと考えます。勿論友里もはっきりわかるはずがありません。
過食のオコチャマ、来栖けい氏は産地を判別できると豪語しているようですが、かなりの妄想癖があるとしか思えません。言うのは勝手ですが、どこのTV番組でもそれを検証する企画をしないのを知っての「行った者勝ち自慢」であります。海外経験なく、引っ込み付かなく未だに「入船」が鮨屋で一番と言っている人です。まともな読者なら真の実力がわかるというものです。
この秋、赤福の賞味期限問題もありました。オコチャマも出入りしている、以前このブログでも取り上げた「日本フードジャーナリスト会議」。相変わらずジャーナリストとはまったく縁遠い人たちを集め、ジャーナリズムをまったく持ち合わせていないような人を講師に呼んで会合を繰り返しているようです。
びっくりしたのはこの主宰者、赤福の会長に講演依頼していたようで、偽装が発覚した後も依頼をキャンセルしないどころかある意味擁護する発言をしていたようです。さすがに元会長が辞退してあきらめざるを得なかったようですが、こんな考えで「ジャーナリスト」という言葉を使用した集まりを主宰しているのですから呆れます。
新たな偽装問題、「名称偽装」ではないかと考えます。