送信不能アドレスへの返事(長文ブログです)

先日、この友里へ厳しいご指摘と質問のメールをいただきました。
ホットメールだったのですが、HNではなく実名にも思える送信者名でしたので真摯に返事を書いたのですが、案の定送信不能でメールが跳ね返ってきてしまいました。
厳しいご意見をされたなら普通、相手がどう対応するか見たいはずです。書きっぱなしでメール受け取り拒否では、面白くないのではないでしょうか。
私は批判している山本益博氏、犬養裕美子氏、来栖けい氏などの反論を見たいのですが、スルーされているので残念に思っているくらいです。
今回のメールでは、正に色々なお考え、意見、見方があることがわかりました。友里は味がわからないと言われるのには慣れていますが、店と「癒着」していると考えられたのは想定外でした。
そこで、今日はそのメールへの回答などを載せさせていただき、お暇ならば読者の方々にお考えいただきたいと思います。メールをいただいた方の個人情報を考えて、送った返事(跳ね返ってきましたが)とは若干修正させていただいておりますが、ほとんど同じ内容であります。
まずはいただいたメール全文です。

お初にお目にかかります。
友里さんのブログをみて、初めて、ああいうフードライターの方がお店と癒着があると知りました。
普通の読者はそんなこと、全く想像もしませんから、気づきもしません。一般人でも、料理が美味しかったら、感じのいい店だったら何度も足を運んでしまうことはありますし、お店の人に、美味しいからまた来たんです、とかいろいろと話し掛けてしまったりすることもあります。また、よく行けばお店の人に顔を覚えていただけたりする事だってあります。
質問は、
ライターの人は、そういうことをしてはいけない、ということなんでしょうか?お店の人と面識を持ってしまっては、何らかの感情が生まれてしまってはいけないということなんでしょうか。気に入ったお店があったらそれを世の中の人に公開するのが彼らの仕事であり、一般人もその情報を楽しみにしていると思うのですが・・。
そうなると、必ず友里さんのブログでは、店との癒着、とか書かれてしまいそうです。
また、彼らを擁護しているわけではありませんが、そのような内容のメールを送れば、この人はあっち側の味方なんだろう、と言われてしまいます。
友里さんが美味しいとブログに書いたお店に行って、美味しくないと感じた人がいれば、その人にとっては、友里さんが店と癒着している、と感じることもあります。
要するに、友里さんがやっていることも、他の方がやっていることも、結局は同じだということです。友里さんのスタンスから見えてくることは、自分の考えが一番正しい。自分の考え方に相反するものは徹底的に叩く。ということです。
証拠に、どんな抗議を受けても素直にその意見を取り入れることなく、反論しています。
コチラから見れば、抗議の論点から全くずれているところで反論していたり、問題点を摩り替えていたりと、その反論は苦しいだろう、と思うところも多々あります。ご自分でもきっと分かっていらっしゃると思いますのであえて具体例はあげません。
友里さんのように、この世界の矛盾点、お客をお客とも思わないような店があることをずばりと指摘する人はなかなかいませんので、とても参考になりますし、鋭い切り口で指摘されるのは素晴らしいことだとも思います。ただ、そのような稀有な存在の人が、偏った考え方ではもったいないとおもうのです。もう少し自分に正直に、心を広くもってみてはいかがですか。いつも読んでいると2チャンネルのスレッドをおもだしてしまいます。
自分の意にそぐわないものは徹底的に叩く。それは精神的に成長できていない人のやることです。
自らのホームページ、ブログでそれを露呈してしまっている友里さん、もったいないです。
また、ブログ上で反論しろ、というのも違いますよね。
それはあくまでもあなたのスタンスです。
あなたと同じスタンスの人もいれば違うスタンスの人もいる。これは全人類が同じでなければならないスタンスではありません。
あくまであなた基準であって、世の中の人の基準では決してないということ、そしてあなたの考えは、必ずしも世の中で常識として捉えられているものではないこと、
頭のいい友里さんですからそんなことお分かりになっているかとは思いますが、それをあえてご自分のブログでおっしゃるなんていう稚拙な行動をとられていることに驚きましたのであえて言わせていただきました。

このメールに対する私の返事を以下に載せます。
ご指摘有難うございます。
私への質問や問題提起、真摯に受け止めさせていただき、お答えや考えなどを述べさせていただきます。

友里さんのブログをみて、初めて、ああいうフードライターの方がお店と癒着があると知りました。

今ではかなりの方が癒着に気づいていると思います。
有名どころでは山本益博さんですね。お店のプロデュースもしているようです。角館からでてきた銀座の「ゲンテン」が最近では有名です。まったく流行っていませんが、しつこいくらい自分の記事で絶賛して宣伝しています。また、犬養裕美子さんも所属の会社(彼女も取締役)がお店のコンサルをやっています。つまりお店からお金を貰おうと考えているわけです。評価をする立場の人が、対象者の便宜をはかっているのですから、他の業界では考えられないことです。
また、森脇慶子さんや来栖けいさんも、店の料理人と個人的に親しくして特別待遇をしてもらっているのを自慢しています。
店宣伝をしていると自分で言っていればいいですが、「店評価」をしていると彼らが言っている以上、これはミシュランとはまったく違うスタンス、つまり癒着しながら評価しているので私は「評価ではないでしょ、ただの宣伝」と言っているわけです。

普通の読者はそんなこと、全く想像もしませんから、気づきもしません。一般人でも 、料理が美味しかったら、感じのいい店だったら何度も足を運んでしまうことはありますし、お店の人に、美味しいからまた来たんです、とかいろいろと話し掛けてしまったりすることもあります。また、よく行けばお店の人に顔を覚えていただけたりする事だってあります。

そうでしょうか。結構彼らの評価に疑問を持っている人は多いですよ。癒着に気づいている読者も多いです。もともと、食通を自任している人は、彼らをまったく信用していません。友里を信用しているとも言えませんけど。
私にもそういう「好きな」店があります。親しい店、常連の店は誰にでもあっていいのですが、それを店評価者が公の場で自慢するのは良くないと考えます。
また、その特別待遇をなんの説明もなく評価してしまっては、一般の読者の訪問時とまったく違う対応ですから、読者を混乱させるだけです。

質問は、ライターの人は、そういうことをしてはいけない、ということなんでしょうか?お店の人と面識を持ってしまっては、何らかの感情が生まれてしまってはいけないという ことなんでしょうか。気に入ったお店があったらそれを世の中の人に公開するのが彼らの仕事であり、一般人もその情報を楽しみにしていると思うのですが・・。
そうなると、必ず友里さんのブログでは、店との癒着、とか書かれてしまいそうです。

お店の紹介は、hanakoや東京カレンダーなどその手の紹介雑誌で充分だと思います。
自分の舌は絶対だと、マスヒロさんや犬養さん、来栖さん、古川さんが自慢しています。純粋な読者は、彼らが褒めていれば、いい店だと思ってしまうわけです。
しかし、実際は店のコンサルやプロデュースなど深く関わっている、実際は高級和食を知らず居酒屋レベルしか知らない、もしくは一見客や一般客が受けられない食材やサービスを受けている人たちであるわけです。自覚がないですが実は経験不足で視野が狭い、または店側の視線で見ている、など読者が行ったときとはまったく別の待遇を受けているのです。
裁判官が被告や原告と親しくするはずがありません。スポーツの審判も、節度を守っていると思います。公平性を保つためです。マイナーしか知らない人がメジャーを語って信憑性があるでしょうか。
なぜ、料理評論ライターだけ店と親しくていいのか、ましてコンサルなどでお金までもらっていいものなのか。
これは、彼らが「料理店評価コメント」を厳正な「評価」と思っていないからです。
店や生産業者と親しくしているところを読者に見せれば、「さすが・・・さんだ、顔が広い」と読者の信用を得やすいと考えたのでしょう。尊敬されると思っているわけです。
これが私には幼稚な発想だと思うんですが、その矛盾に私は切り込んだわけです。
彼らは未だに明確な弁解を誰もしていません、というか絶対出来ないでしょうけど。
私も名前バレしている店では特別待遇されます。
シェフは気合入れて料理を造りますし、ワインもリスト外のものなら、いいものを安く提供してくれている可能性があります。個人的にはありがたいですが、これは特別待遇なので、これをそのまま評価して書いてしまっては読者が混乱するわけです。同じ料理、サービスは一般読者に提供されません。
誰でもわかると思いますが、ミシュランの調査員が顔バレしていたら、現在の地位と信用を築いていないと思います。

また、彼らを擁護しているわけではありませんが、そのような内容のメールを送れば、この人はあっち側の味方なんだろう、と言われてしまいます。

そんなことはありません。まだまだ、私の本当の考え、意見が世に浸透していないと力不足を痛感した次第です。

友里さんが美味しいとブログに書いたお店に行って、美味しくないと感じた人がいれば、その人にとっては、友里さんが店と癒着している、と感じることもあります。

論理の飛躍しすぎです。私は彼らと違って店との親しさをまったく言っておりません。自慢していません。私のスタンス、つまり覆面に徹している、日頃の評価を信じていらっしゃる方はそうは思わないでしょう。
私が嘘を言っていれば別ですが、普通は、自分と違う食後感を抱いたなら、友里の舌はおかしい、または自分と好みが違う、と思われるはずです。私の読者のほとんどは、「癒着」だとは思わないでしょう。
ただ、ある和食屋を褒めたとき、彼の修業店からは「癒着しているだろう」と言われたと聞きました。滅多に褒めない友里なので、妬みあったと思います。

要するに、友里さんがやっていることも、他の方がやっていることも、結局は同じだということです。

なぜこう結論付けてしまうのか、不思議です。まずは結果ありきでしょうか。
理論がかなり飛躍していると思います。私がマスヒロさん、犬養さん、来栖さんと同じことをしていると信じるなら別ですけど。

友里さんのスタンスから見えてくることは、自分の考えが一番正しい。 自分の考え方に相反するものは徹底的に叩く。 ということです。 証拠に、どんな抗議を受けても素直にその意見を取り入れることなく、反論しています。

なぜ、抗議をうけても私が素直に受け取らないとお考えなのでしょうか。私に以前抗議されたのでしょうか。私のところへは滅多にクレームやネガティヴな意見はきません。多分、反論されるのを怖がっているのだと思います。
それより、料理人やライターたちのほうが素直に意見を取り入れていないとはお考えにならないのですか。
意見が違うから叩くのではなく、彼らが理論的に矛盾しているから問題提起しているんです。
タミフルの調査で中外製薬から援助してもらっていた審査員が問題になっていますね。同じことです。自ら宣伝マンと言えば私は文句を言いません。
しかし彼らは、「自分はこれだけ食べ歩いて舌は確かだ。何千軒も行っている。」など自慢して店のランク付けや評価をしています。
スケートの審査員が特定の選手にアドヴァイスしてお金もらっていたとしたら、それでも貴方はその審査を信じますか。
ライターたちが料理人と飲み食べ歩く、アドヴァイスするのも同じことです。この実態を知ったら、信じる人がいるのでしょうか。

コチラから見れば、抗議の論点から全くずれているところで反論していたり、問題点 を摩り替えていたりと、その反論は苦しいだろう、と思うところも多々あります。ご 自分でもきっと分かっていらっしゃると思いますのであえて具体例はあげません。
友里さんのように、この世界の矛盾点、お客をお客とも思わないような店があることをずばりと指摘する人はなかなかいませんので、とても参考になりますし、鋭い切り 口で指摘されるのは素晴らしいことだとも思います。ただ、そのような稀有な存在の人が、偏った考え方ではもったいないとおもうのです。もう少し自分に正直に、心を広くもってみてはいかがですか。いつも読んでいると2チャンネルのスレッドをおもだしてしまいます。

自分では偏っているとは思っておりません。ライターやある種の料理人が「偏った」考え方をもっていると考えます。
ただ、人には色々なスタンス、考え方があり、永遠に相容れないところもあるわけです。私はそれでも問題提起しつづけているので、そう思われると考えます。

自分の意にそぐわないものは徹底的に叩く。それは精神的に成長できていない人のやることです。
自らのホームページ、ブログでそれを露呈してしまっている友里さん、もったいないです。

長いものに巻かれる、おかしいと思っていても黙って見過ごす。
こういう悪い意味での日本人的な発想が私にはありません。
でも、それが精神的な成長とは関係ないと思います。同じ意見を繰り返し発信している人はみな成長していないというのでしょうか。
確かに私も幼いかもしれませんが、マスヒロさん、犬養さん、来栖さんはもっと稚拙だと思います。

また、ブログ上で反論しろ、というのも違いますよね。
それはあくまでもあなたのスタンスです。

曲解しないでください。ペンを捨て、反論せず、これ以上批判をさせないように牽制するために「内容証明」を送る愚挙を揶揄しただけです。
確かに自分のブログ上で反論する、反論しない、は自由です。私は必ず反論しろとは言っておりません。ただ、本も出版し、有名自動車メーカー勤務から現在は大学で教鞭もとっていて色々な会合に参加して有名人との人脈自慢をしている副業ライターが反論せず、内容証明では情けないではありませんか。出版やネットを通して自分の考えを伝えている人が、反論しないで即、内容証明。これがおかしいと言っているのです。言論の世界で生きているなら、内容証明だして牽制する前に、まずはペンで立ち向かうのが筋でしょう。それが出来ないなら、尻尾を巻くべきであります。裏取引に値する、当事者しかわからない「内容証明」は不透明であります。私がこの事実を公開することは想定外だったと思いますけど。

あなたと同じスタンスの人もいれば違うスタンスの人もいる。これは全人類が同じでなければならないスタンスではありません。
あくまであなた基準であって、世の中の人の基準では決してないということ、そしてあなたの考えは、必ずしも世の中で常識として捉えられているものではないこと、 頭のいい友里さんですからそんなことお分かりになっているかとは思いますが、それをあえてご自分のブログでおっしゃるなんていう稚拙な行動をとられていることに
驚きましたのであえて言わせていただきました。

貴方こそ、完全に決め付けがきついと思います。
確かにスタンスは前述したようにみな違います。しかし、それは貴方にも言えることです。貴方の書き方では、貴方のスタンス、考えが世の基準のように受け取れますが、もしかしたら、友里がスタンダードで貴方のスタンスがレアだという可能性もあるということを少しはお考えでしょうか。
色々な考え、意見が世にはあります。それをぶつけ合いしないでどうするのでしょうか。
今後もご意見、ご指摘をお待ちしております。
友里征耶

「フードアナリスト」という資格で一般人を釣っていいのか

またまた読者の方からお教えいただいたネタであります。
まずはこの「日本フードアナリスト協会」たるもののHPをご覧あれ。
http://www.foodanalyst.jp/index.php
かなりお金をかけて造りこんだHPであります。先日取り上げた「日本フードジャーナリスト会議」もネーミングと主宰者や講師のスタンスがまったく一致していないいい加減なものでしたが、この「協会」もなかなかのものであります。フードアナリストには4級、3級、2級、1級、特級とあるようで、既に昨年末で資格者は600名を超すとありました。
この協会はどこかの省庁の管轄下ではなく、アテナイオス(株)という立派な「民間営利企業」が運営している「協会」であります。
主な収入源は、
1、有料で行う飲食店の「格付け」
2、飲食店への経営支援
3、有資格者の養成事業
とのことですが、要は「資格マニア」や「資格に憧れる純粋な外食好き」をターゲットに、商標登録した「フードアナリスト」を乱造して受験費や講習費、入会金、年会費を集めるのが主目的であると考えます。
飲食店の「格付け」には「依頼格付」と「勝手格付」があるそうです。前者は、収入源の一つとなっている飲食店からの「依頼」による格付です。飲食店からお金を貰ってその店につけた「格付け」、公正なものだと思いますか。信用できると思いますか。信用するという人がいるなら顔をみてみたいものです。
勝手にした「格付」は良いではないかと弁解するかもしれませんが、「依頼」をしてきた、つまり収入源であるお客様に対して、「勝手にシビアな格付」ができるとは思えません。そんなことをしたら、客が逃げてしまいます。
つまり、この協会は最初から「シビアな評価」を放棄するシステムを導入しているのです。
倫理規定の中に

「フードアナリスト」は、店舗評価を行う場合には、独立性と客観性を保持するよう注意し、公正な判断を下さなければならない。
「フードアナリスト」は店舗評価の公平性を維持するため自らを含めて、三親等以内の親族が役員を務めるか経営に関与している店舗の評価は行わないものとする。

という条項がありますが、この協会に所属する試験委員、諮問委員、評議委員にはホテル・レストランサービスなど飲食業界にどっぷり浸かっている人やレストランをプロデュースしている人も多い。協会の幹部が飲食店サイドなんですから、「公正な格付け」なんて出来るはずがないのです。
倫理規定も緩すぎです。三親等以内の関係の親族の関係店の評価を禁止していますが、お金貰って店評価すること自体が「倫理」に違反しないのか。幹部が業界にどっぷり浸かっていてよく言うものです。
覆面取材もうたっていますが、資格受験者を少しでも多く募集したいあまり、合格者の写真や声をHP上で公開しているんですから覆面性なんてあったものではありません。英会話学校の募集みたいですね。お笑いです。
そして肝心の受験資格。検定試験だけではなく、通信教育(費用49000円)、カルチャーセンターや指定専門学校への通学(勿論有料)といった試験免除の方法もあるのです。驚いたのは「速習講座」。38000円で4級や3級の「フードアナリスト資格」がなんと1日で取れてしまうというからあきれるというか、あほらしいと言うか。
既に講座費用、検定料や入会金や年会費を支払って「フードアナリスト」に登録された方には申し訳ありませんが、こんな資格というかこんな協会、世に必要視されるとは思えません。ミシュランブックとはえらい違いであります。
アテナイオスの格付けサイト
http://www.athenaios.com/rating/
を見てみても、関東・千葉エリアでもたいした店は掲載されておらず、アナリストレポートも充実されていません。身内やお金払って宣伝してもらいたい店だけなのでしょうか。
この協会の主な収入源3つのうち、機能しているのは「資格好きで純粋な外食好き」からの資金だけだろうということが容易に想像できるというものです。
検定試験委員にすかいらーく創業一族の横川潤氏の名前をみつけました。
営利を追求する会社がやっていることなので、法を遵守すれば何をやってもいいのでしょうが、店にとっても、アナリストという資格に魅力を感じる「一般人」にとっても、お互いの利益になるものではないでしょう。協会というか、運営会社の一人勝ちではないでしょうか。

「店評価ブログ」を更新しました

読者の方から「週刊現代の特集を読んだ」とのメールを沢山いただきました。1万円くらいで接待にも使える東西の店をリストアップする手伝いと選んだ根拠を示しただけなのですが、カラー8ページのあんな大きな企画になるとは思いませんでした。この週は他にネタがなかったのかもしれません。なにかお店の「宣伝」に一役買ってしまったみたいで、普段のスタンスとは乖離してしまった印象を与えてしまったかもしれません。
各店同じように取材したのでしょうが、1ページで扱われた店、半ページの店、1/4ページの店の分かれ目はどんな理由だったのでしょうか。かなり「宣伝効果」に違いがでてしまったと思います。
「阪川」にあんな立派な個室があったのか。、「おざき」や「トルナヴェント」は料理一皿の写真ををアップで載せていますが、かなりのボリュームです。この写真に釣られて訪問した客ががっかりしないように同じような量を盛っていただきたいものです。
「音戸山山荘 畑善」は雰囲気が接待にむいているだけで、個人ではランチ以外はCP感良く感じないと思います。美味しい質の良い焼肉屋は他にもありますが「きらく亭」を選んだ理由は「予約可能」と焼肉屋の中では清潔感があると判断したことです。
「銀座 鮨一」はインターフォンの存在を高く評価しました。接待相手にウケるでしょう。「すし善」の影響を受けているようで、勝どきの「さ々木」と同じく、それほど江戸前仕事を感じません。「山わさび」という北海道のホースラディッシュを使っているのが変わっているでしょうか。
オーグードの2店目「メルヴェイユ」は乱心して3店目「ミノビ」を出してしまった現在、このグループの最後の砦でしょうか。「山さき」、やはり出身の「なべ家」より半値で同レベルの料理が味わえることを最近確認しました。
「楽亭」、先日神楽坂の「天孝」の1万7000円コース(これしかない)を食べて、あらためて刺身の良さと価格が高くなく、量や美味しさも再確認しました。東京随一でしょう。
「けでらせら」は8000円ではCPがかなり良く感じる料理です。「てら川」、最近あまりその名を聞かなくなりました。埋没気味でしょうか。今回は「花霞」が取材を断ったので急遽選びました。当初と同じCP感を与え続けていただきたい。「割烹 まとの」、1万3千円あまりのコースでは質、量ともかなりお得です。
「南進」は個人にはぜんぜんおススメできないフグ屋です。山本益博氏や関西在住のライターたちが絶賛しているのでどうしても大阪の店をということで掲載したようです。
「すし貫」は北新地という立地が大きなポイントでした。
さて、「店評価ブログ」に、過大人気店の「リストランティーノ バルカ」とそのCP高い「建仁寺 割烹まとの」を追加しました。お立ち寄りいただければ幸いです。
しかし「バルカ」、なぜ人気が出ているのか不思議です。ちっとも料理に魅力を感じませんでした。