先月読者から化学調味料についての質問を2ついただきました。私の考えを再度示す機会と考え、ブログで回答させていただくことにしましたので、今日明日の2日で回答させていただきます。
質問は文字数の関係で要約させていただきました。
問
化調肯定者=味音痴という意見にもう少し明確な基準を示して批判しろ。添加を承知で化調を肯定している人も多いはず。化調のどこが味音痴なのかわからない。
友里の考え
私の認識は全く違います。
化調の肯定者に見える人たち(化調てんこ盛りの料理を美味しいと食べている人。例を挙げれば山本益博氏)は、化調の添加に気がついていないと私は思っております。この時代、堂々と化調を肯定する人は、味の素関係者やカップラーメンなどインスタント食品関係者だけではないでしょうか。安い食品は化調の力を借りなければコスト的に成り立たないと思っている方たちです。
私が思うに、化調好きな方たちは、あの化調の味を若い時から食べ慣れて「美味しい」と頭にインプットされてしまっただけだと思います。
無添加料理も食べているでしょうが、先入観(化調の味が美味しいとすり込まれたこと)も手伝って無添加料理を食べると味が頼りない、添加料理(本人は気付いていない)は美味しいと感じていると考えます。
例を挙げますと、先日「二階堂ドットコム」で友里批判がありました。
私の「福臨門の料理にはかなり化調が入っている」という記事かブログを見て驚いた常連客が、慌てて店に真偽を問いただしたというものです。店は無化調の調理を客前で見せたので、「友里はデタラメを書いている」というものでした。
普段は添加していても、いざとなれば無添加の調理が出来るくらいの腕がないと福臨門のような高額店の料理人は務まらないでしょう。実際、「無添加でやってくれ」と要求すれば福臨門はそのリクエストに以前から応えていると聞いております。
つまりその常連客は、今まで化調の存在に気がつかず、無添加を要求せず、添加された料理を美味しいと思っていたと言うことです。
ですから、化調肯定者が味音痴と言うのではありません。しっかり「この味は化調入り」これは「無化調」と食べ比べることを繰り返す、またはしばらく「無化調料理」だけをしばらく食べ続ければ、その違いはおのずとわかってくると思います。
業務用や家庭でも半完成品の食品や調味料にはすべてと言っていいほど化調が入っていますから、無化調料理を家庭で出し続けるのは
難しいのは事実です。出汁も最初から引かなくてはなりませんし、缶詰のソース(トマトとか)もダメでしょう。
化調を使わないと、食材や調味料の質、料理人の腕、そして手間暇のかけ方の差が顕著に出てしまいます。無化調の料理がすべて美味しいわけではないのは仕方ないことです。
私は高額店で化調を使うのは「手抜き」だと主張しています。高い請求をするなら、それなりの食材と腕と手間暇を見せろと言いたい。
それが嫌なら、化調を使ってもいいが廉価店に変更すべきと考えます。
私はマスヒロさん達の化調好きをそのまま批判しているのではありません。化調てんこ盛りの料理(たとえば並木橋「有昌」のしいたけそば)をうまいと絶賛するのはかまいませんが、「かなり化調を使用している」と注釈しなければ、彼の信奉者は勘違いしてしまうと指摘しているだけです。
もっとも「化調の有無」がわからないようなので、マスヒロさんにそれを期待するのが無理かもしれません。
友里掲示板
http://tomosato.net/bbs/