生まれて50年近く経っているはずなのに、海外はパリしか知らないのか関谷江里さん。しかも16年前のわずか2年間の語学留学のあとは
16年間も海外へ出ていなかった
と衝撃の告白に、友里が椅子から転げ落ちたのは先日のブログで書きました。
本日はまず、16年ぶりの10日間パリ滞在から帰国して興奮冷めやらぬ関谷江里さんのFBをご覧ください。
フランスに行くということは、すなわち身体を痛めつけに行くということです。
確かに12時間ほどの狭い空間での搭乗に7時間ほどの時差は、体に負担をかけることでありましょう。
しかしそれはパリに限ることではなくアメリカだって同じこと。いや南米の場合は行くだけで丸一日ほどかかりますから、疲労度はパリの比べものになりません。
16年ぶりの海外旅行で関谷さんはかなりお疲れのようですが、そんなに大変なら年に何回も海外出張をしなければならないビジネスマンは
あっという間に過労死
するではありませんか。まったく大袈裟(早い話が視野が狭く無知)な方であります。
関谷江里さんを支持する純粋無垢な信奉者(京都人が多いらしい)のレベルに合わせただけとの擁護もあるでしょうが、これでは
京都人の大半は海外を知らない引き籠もりなのか
との誤解を与えかねない。例えばこの友里が
・16年ぶりにパリへ行ってきました
・評判の機内食を食べたいので韓国経由でパリへ行きました
・フラ語が話せるのでCDGから電車で市内へ向いました
・アパルトマンに宿泊しました
と自慢げに発信したらどうなるでしょうか。アンチからは
何だ、海外は2回、しかもパリしか知らないのか
貧乏旅行を自慢するな、みっともないぞ
と袋叩きにされるのは火を見るより明らか。いや数少ない信奉者からも
こんな経験不足で貧乏くさい奴の店評価なんてアテにならない
とソッポをむかれることでありましょう。ところが関谷さんには相変わらず憧れや賞賛のコメントばかり。ホント
京都人はオメデタイ、もとい、寛容な方が多い
と感心してしまったのであります。
スペースが余っているのでもう少し関谷さんについて書いてみましょう。彼女のFBをもう1つご覧ください。
パリでは、生き延びてゆくだけで大変と本気で思ったこと
との書き出しで、「いかにも顔」の発言を2つ。
とりわけ旅行者(現地に暮らしているとしても外国人)は、スリや強奪が日常茶飯事なので、本当に気をつけなければならない。
オーバーといいますか、こんなふうに言い切ってしまっては
私はパリしか知りません
とカミングアウトしているようなものではないか。
世にはパリ以上に治安が悪い大都市はいくらでもあります。
ambulance(救急車)の音がし過ぎる。
いったいどこに泊まっているんだ。
友里も毎年パリ(中心地)に泊まっておりますが、救急車の音なんて気になったことがありません。
というか、パリなんかより京都で救急車が気になって寝付きが悪かったことがありました。あれは昨年秋だったか、珍しく京都に宿泊した
ハイアット・リージェンシー
一晩中ピーポーピーポーとうるさかったのです。翌朝に気付いたのですが、すぐ隣に
救急病院
があったんですね。おそらく関谷さんが泊まった廉価アパルトマンもこの手の環境だったのだと考えます。
彼女は肝心の料理のことも書いております。
牛肉は、2軒でいただきましたが、この値段でこの肉質かと思ったら、少なくとも関西人は怒りますwww 丹波牛や近江牛や神戸牛を少しの贅沢で食べられるわたしたち、フランスでわざわざ牛肉食べることがないのかもと思いました。
おいおい、フランスの牛と日本のこれら和牛を同じレベルで比較するとは笑止千万。同じ牛ではありますが、まったく別物であるからであります。
脂の旨み(そんなものあるのか)を全面に出す和牛と、肉本来の味を楽しめるシャロレー牛。
本物のフレンチやイタリアン、そしてステーキを食べ込んでいる外食好きなら後者に軍配を揚げると思うのですが、
京都人は食べ込んでいないのでオコチャマ舌の人ばかり
なんでありましょうか。
関谷江里さん、ブログやFBでは大食漢で肉好きのような印象をばらまいておりますが、実態は
小食(もちろん下戸)で肉は鶏くらいしか食べられない
と漏れ聞いております。
そんな関谷さんが、脂てんこ盛りの和牛を食べられるものなのか。
サシが少ない赤身が主体のフランス牛になぜダメ出しをするのか。
友里は不思議でなりません。
また先日のFBでは
すごいです京都のわたしが大好きな料理人(関谷さんにタダ飯かコンサル料を提供している人たちでしょう)の皆さん。(アストランスに)全く引けをとることがないです。それをみんなに早く言いたいです。
と発信。
16年ぶりのわずか2回のパリ訪問で、しかもアストランスは昼の訪問。こんなプアな経験で
京都の店とパリの3つ星アストランスのレベルが同じ
と発信してしまう関谷さんに、それを信じる彼女の信奉者と取り巻き店主たち。
ホント、京都はレベルが低すぎる
とあらためて感じた、今回の関谷江里さん貧乏、もとい、倹約旅行記でありました。