帯が見かけ倒しだった「人形のBWH」

今朝のTVは、アメリカの政府筋が「日本は北朝鮮と同じくずうずうしい」と評していると報じておりました。
一連の普天間問題で、連立政権の煮え切らない態度に苛ついたようですが、私は最大限の賞賛ではないかと好意的に受け取りました。
田中康夫氏などからポチ外交と揶揄されてきた「アメリカ絶対服従」から、あの瀬戸際外交というか開き直りを繰り返し、アメリカを手こずらせる北朝鮮の交渉術と同列に評価されたと考えたわけです。
合理的なアメリカ国民は、本当に必要で良い製品だと思ったら、いずれトヨタはじめ日本車を買うようになるでしょう。世界よりアメリカ、アメリカより自分、と個人主義の国民性だからであります。
いくら批判されても、国から助けられても、喉元過ぎるというか、ちょっと持ち直すと自分たちの報酬やボーナスを高額に戻すアメリカ金融界を見ればすぐわかることです。
やっている事は稚拙で見ていられない連立政権ですが、結果論的にはアメリカとの関係をイニシャライズして再構築できるかもしれません。
マスヒロさんの「言うべきは言う」は見かけ倒しでありますが、対アメリカにははっきり言い続けてもらいたいものです。

さて見かけ倒しといったら、近年これほどのものを経験したことがなかったのが、掲題にある丸谷才一氏著の「人形のBWH」(文藝春秋)であります。
帯には

?「ミシュラン東京版」への決定的批判から直木賞とっておきの秘話まで

とあり、読者からブログのネタになると勧められて購入しました。
旧仮名遣いで非常に読みにくい文章なので、件の「ミシュラン関係」しか読みませんでしたが、一体何処に「決定的批判」があるのでしょうか。

文章が下手だ、レイアウトが悪い、地図が悪い、といった表面的な温い「指摘」が主体。私には全然「決定的」に感じませんでした。
こう言ってはお世話になった文藝春秋社に怒られるかもしれませんが、何の新鮮味もなく鋭い批判もありません。あの帯の謳い文句で釣られた客はがっかりしたのではないでしょうか。新刊だというのに現在(本日早朝)のアマゾンランキングは10,569位。増刷された場合は「帯」の内容変更をお願いしたいと考えます。

丸谷さんは、私のミシュラン批判を知らないのでしょう。と言うか存在自体をご存じない。(当たり前ですけど)
末端というか泡沫ライターである友里は、彼ら有名作家にはまったく相手にされていないということが、あらためてわかりました。