スポーツ選手の言葉が軽すぎる

今朝のTVで、豊田社長の渡米を知りました。以前のブログでやめた方が良いと私が勝手に助言した自家用ジェットに乗っての訪米であります。
トヨタの自家用ジェットはこんなに小さかったのかと思っていたら、アナウンサーは「自家用小型ジェット」と小型という文言を入れておりました。漏れ聞くところ大型ジェットも持っているとのことですから、今回はこれでもアメリカに気を遣ったのでしょうか。
使用した空港は小牧なのでしょうか。セントレア開港は、小牧をトヨタ専用にしたかったからとの噂を聞いたことがあります。

さて掲題です。女子フィギュアの代表3人が記者会見に臨み、安藤美姫選手は

沢山の子供達に夢を与える滑りを見せたい

と発言したようです。最近スポーツ選手がよく口にするのがこの「夢を与えたい」や「感動を与えたい」であります。
しかし競技を見ただけで、人はそう簡単に「夢」や「感動」を得るものなのでしょうか。行き詰まる展開で「ドキドキ」し手に汗握った経験はありますが、私はヘソが曲がっているからか夢や感動を得たという経験がありません。
その道を目指しているトップ選手なら、「私も頑張れば出来る」と夢を得ることがあるかもしれませんけど、そんな人は限られているのではないか。はっきり言うと怒られるかもしれませんが、こんな事で一々感動していたら体が持たないと私は考えます。

「ありえなーい美味しさ」とか何でも感嘆する料理業界もそうですが、最近は言葉がかなり軽くなったのではないか。今一度、「夢」や「感動」の定義を考え直した方が良いと思います。

それともう一つ気になる言葉が「楽しみたい」であります。
おそらく試合で緊張しないように唱える「おまじない」のつもりで彼らは言っていると思うのですが、私は非常に違和感を覚えるのです。
プレッシャーを必要以上に感じて実力を発揮できないことはよくあると思いますが、楽しんで勝てるほど余裕ある実力の持ち主なのかと私は突っ込みたくなるのです。試合中に楽しんで勝てるほどライバルと実力差がある選手なんてほとんどいないのではないか。仮に勝ったとしても、負かした相手に対し

俺(私)は楽しみながら競技しても君に勝っちゃうんだよ

と言っているようなもので傲岸不遜ではないか。逆に負けたら、「楽しみながらやったから負けたんだろ」と私は突っ込みたくなります。

緊張しないで実力を発揮したい
応援して下さる人が喜ぶ結果(メダル獲得)を出したい

と素直に話した方が良いと思うのですが、最近のスポーツ選手はやたらと格好つけたコメントをしようとしているようで、見ているこちらが恥ずかしくなる場面も多々あります。
性格はかなり悪そうですがスノボの国母選手、そう言った意味ではわかりやすく素直な性格なのかもしれません。