2009年01月06日

ひらまつ全レストランに革命が・・・

ウエッジウッド破綻のニュースが朝番組で盛んに取り上げられています。銀座出店の高額ブランドもイメージが落ちるのを承知で値下げするなど、不景気の影響でこの業界はかなり深刻なようです。
車の国内販売も28年ぶりの低水準となる508万台とその深刻さを朝刊が報じています。12月の販売数は統計を取り始めた68年以降初となる20万台割れ。
自動車メーカー各社は、ハイブリッドや電気といった次世代車に活路を見いだしたいようですが、果たして目論み通りいくでしょうか。
バブルの頃は1年や2年で買い換えていた乗用車ですが、今は5年、6年乗るのは当たり前になっております。
おおざっぱで単純な計算ですが、老若男女をひっくるめて4名で1台の車を持っているとしても総計は3000万台。6年乗り続けるとしたら年500万台しか売れない計算になります。そのうち外車の占める割合は5%以上あるでしょうから、今後も年500万台以上をキープするのは難しいと私は考えます。
この数年、国内の販売数は減少を続けていたはず。不景気とは関係なく車離れは進んでいたわけで、活路を海外へ向けていたところに円高と世界不況のダブルパンチを受けたわけです。
車は日本製ばかりではありません。有望な車消費国には各国のメーカーが押し寄せるはず。国内は車離れ、海外も競争激化ですから、次世代車を投入してもそう簡単に昔のバラ色な経営に戻れるとは思えません。
会社や製品に賞味期限はつきものです。「車」という単体でよくまあ何十年も勢いが続いたとものだと思うのが自然ではないかと私は考えます。世に永遠の右肩上がりはあり得ません。

世界同時不況の影響ではないと思いますが、この1月中旬より「ひらまつグループ」の18のレストランで「ワインプライス革命」が起きるようです。
http://www.hiramatsu.co.jp/restaurants/news/vin.html

「ブラッスリー ポール・ボキューズ」限定だったこの革命ですが、予想通りグループ全体に広げてきました。原価率が上昇し、客単価が落ちても客数を確保して総売上、利益の確保を目指す戦略なのでしょう。
ミッドタウンのイートインの店を昨年末で閉鎖したひらまつグループ。名古屋に新たにボキューズブランドのレストランをオープンしましたが、あまりに場所とタイミングが悪すぎ。
昨年発表した中長期計画は修正せざるを得ないと考えます。

それにしてもワインプライス革命、「・・・より適正な価格で楽しんでいただけるよう・・・」とありますが、「それでは今までの値付けは適正ではなかったのか」、「適正な商売ではなかったのか」と突っ込まれることを考えていない、脇の甘い宣伝文句であります。

2009年01月05日

アマゾンのレビュアーへの回答

しばらくお休みをいただきましたが、今日から再開させていただきます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

拙著「ガチミシュラン」のアマゾンのレビューで、「ベスト1000レビュアー」の方が友里に問いかけされています。
ゆりさ信介氏のレビューであります。
http://www.amazon.co.jp/review/product/4062151294/ref=cm_cr_dp_all_recent?%5Fencoding=UTF8&coliid=&showViewpoints=1&colid=&sortBy=bySubmissionDateDescending

どちらかというと山本益博氏の信奉者の立場に近い方で、氏の本のレビューでは絶賛、友里の本にはかなり厳しい批判的なご意見を書き込まれてきた方であります。ところが年末に出版されたマスヒロさんの「東京番付」はいつもの絶賛とはちょっと違っておりました。そして「ガチ」の今回のレビュー、まずは下記引用をご覧ください。

友里氏が今回採りあげた有名店のなかで、「すきやばし次郎」について感じるところを書くと・・・。

小野二郎氏をゴッドハンドだなんだと、国宝級にまつり上げることには、私も「?」なのだが、彼が「現代の鮨名人、達人のひとり」であることは、事実だと思うんだよな。

だとすると、齢80を超えた鮨名人が、多少不遜であろうと、客に鮨の食べ方なるものを指南しようと、私は、腹立たしいとか生意気だとかいう感情は持てない。
むしろ、そう感じる友里氏の方が、料理人蔑視とでもいうような考えを、基本的に持っているのではないだろうか?

「かましている料理人を、食べ手の位置まで引きずり下ろしたい」「なんで客側が緊張して食事しなければならないのか?」といった友里氏の主張も、理解できないことはないのだが(私だって、実力も伴わないのに偉そうにしている料理人は嫌だ)、「目上の人に対する敬意」だとか「その道一筋で長年修行してきた人への尊敬」だのというものが、どうも氏には全く感じられないんだなあ(くりかえすようだが、相手は80歳オーバーですぜ)。

小野二郎氏は、決して不真面目な生き方をしてきた人ではないと思うし、金儲けしか考えないような人でもないだろう(だとしたら、「水谷」や「青空」の主人が、あそこまで敬愛しないだろ?)。
そんな「おじいさん」の店が、支払いが高かろうが、必要以上の威圧感があろうが、それで満足している客がいるなら、私はそれでいいと思うんですがね。

どうです、友里さん?

読者の方からもブログで回答すべきだとのご指摘を受けましたので、2009年本格スタートとなる本日、ここに簡単ですが回答させていただきます。

まずは私の中での小野二郎氏の位置づけが、「ゆりさ信介」氏とはかなり違います。20年前は鮨業界の「名人」であったかもしれませんが、ここ10年は単なる「ワン オブ 高額鮨店の主人」だと私は思っております。
タネ、仕事、握り、とどれも傑出した鮨だと思っておりません。

また私は「料理人蔑視」のような考えは微塵も持っておりません。あくまで店側と客の立場は対等だとの考えが基本であります。料理人と客の立場はイーブンだというのが自説でありますので、そこには80歳を超えた人だから「不遜」を見逃す、という考えはありません。
高齢者を大事にしなければならないのは当然ですが、その思いと料理人と客の関係は全く別であります。
高齢料理人に優遇を許すと言うことは、逆に「若い料理人」にはどう対応しろと言うのか。辛めに対応しろとでも言うのでしょうか。
確かに「修業不足」な若手はNGでありますが、しっかり結果を出している料理人には、年はまったく関係ないと私は考えます。

ゆりさ氏はじめ料理人信奉者には、「その道一筋で長年修業してきた人への尊敬すべき」という考えがあります。
確かに上っ面は聞こえのよい言葉でありますが、「その道一筋で長年」は料理人の専売特許ではない。
客だって、「その道一筋」で頑張って仕事してきた人はいくらでも居るのです。小野二郎氏にそんな客へのまともな思いがあるでしょうか。

私はゆりさ氏に問いたい。拙著「シェフ・板長を斬る」(黒本)にも書きましたが、二郎氏が長男と客に聞こえる音量で言っていた前の客の悪口を聞いても、「80オーバーだから大目に見ろ」と言えるのか、と。
「目つきがおかしかった」、「握りをすぐ食べやがらなくて」、「ガリばっかり食いやがって・・・」
人前でなくても普通の神経の人なら口に出せる言葉ではありません。
私はこの言動を聞くだけで、二郎氏は「真面目」な人だとはどうしても思えないのです。

威圧感ある料理人に媚びる客は何処にでも居ます。それはその人の勝手でしょう。
しかし、山本益博氏がそれほど高額鮨に詳しくない一般読者に対し、このような性格の主人の店を「日本一」だと絶賛し、「手紙をだして握ってもらうよう頼め」、「1週間前に店へ出向いて頼め」と煽るのは間違っていないか。
一部のマゾ的常連客(とはいえ本当の常連や富裕層はマゾではなく二郎さんに強気で臨んでいるようです。握りは直ぐ食えと言いながら、イソイソと折りに握りを詰めているのを目撃したこともあります)やヨイショライター、そして弟弟子や弟子が敬愛するのは勝手ですが、純粋な一般読者にこの店を煽るのは間違いだと私は問題提起しているのです。

握りは直ぐ食べろ、と20分かからず20ヶ近くの握りを出すくせに、なぜ「お土産の握り」を常連に用意するのか。
言っていることとやっていることがまったく「矛盾」している「すきやばし 次郎」。
昼にお酒を飲まず3万円、夜ならかるく5万円近くになる何ら傑出したものがないこの世界一時間単価の高い鮨店、友里の評価が辛いのは当たり前であります。

どうです、ゆりさ信介さん?


2009年01月01日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年末から引きずっている世界同時不況、そう簡単には脱出できないのではないか。言い方は極端ですが、簡単に脱出してしまうと今までの「膿」が出きらず、アメリカや日本の前指導者たちの失政を覆い隠して問題点を先送りするだけ、真の不況脱出にならないような気がします。
アメリカ、日本に限らず、国や企業の指導者の失策は個人的にほとんど責任を追及されません。(大量虐殺など非人道的な事をした独裁を除いて)
そんな生ぬるいことをやっているから、国や企業は同じような過ちを繰り返していると考えます。
景気回復→売り上げ・注文増大→設備投資増強→景気後退→損失発生・リストラ・規模縮小 を何回繰り返せばいいのか。
景気は波があるのは当たり前です。右肩上がりが永遠に続く訳がありません。自己責任がない指導者たちは、自分の代には景気後退がないと踏んで過剰な「拡大路線」をとるのでしょうが、それが将来の社員たちの悲劇を生むわけです。
国だけではなく、大企業も何代にもさかのぼって個人的に経営責任を追及して膿をだすことをしなければ、国や企業の指導者はまったくの「ノーリスク・ハイリターン」な職業となり、いい加減な政策・経営を繰り返すだけとなるでしょう。
国や企業の運営は結果がすべてです。たとえばキャノンの大分工場、ここへの進出を最終判断した当時の最高責任者の責任を問う声が上がっていないのが不思議です。
個人の問題、たとえば投資失敗や離婚はモロに個人に跳ね返ってきますが、団体の中での個人の判断の失敗が見逃されるのは不公平。
そんなリスクがあるなら、引き受ける人がないとの反論があるかもしれませんが、そんな柔な人は指導者にならなくて良い。控えは一杯いるのです。
料理人と同じで、国や企業の運営者にもより大きな「緊張感」、たとえて言うなら「命掛け」の根性が必須であると考えます。

今年は出版2冊の予定の他、例の裁判の控訴審の結審があるはずです。この1年も緊張感もって望みたいと思います。
本格的なスタートは5日の週からとなりますが、本年も「友里ブログ」、よろしくお願いします。

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